視線恐怖症 / ホラー小説
■他者視線恐怖症
……自分以外の他人が、常に自分を見ているのではないかと不安になる。
所謂、対人恐怖症の症状で『視線恐怖症』のひとつだ。
当事者以外の他人は、この症状を聞いてどのようにイメージをするだろうか。
やはり、「考えすぎだろう」と思うだろうか。
だが、僕はどうしても考えすぎだとは思えなかった。
自分が視線恐怖症だと気付いたのは、中学3年生の時だった。
元々、なんだか視線を感じると思っていたが、それが確信めいたものになったのがその頃だ。
テスト中が一番最初だったかな。
消しゴムを落として、先生に拾ってもらった時のことだ。
■消しゴムと80の目
「あ、先生」
静まり返った教室で、やたらと通る自分の声に思わず僕は驚いた。
「なんだ、羽生崎」
カリカリコツコツと鉛筆の芯が机にぶつかる音。やけに連続的でメトロノームを聞いているような錯覚を僕に与える。
「あの、消しゴムを落としてしまって」
「なにやってんだお前は。しょうがない、拾ってやるからテストを続けろ」
「すいません……」
先生が消しゴムを拾い、僕に手渡すまでの間に感じていた違和感が、視線によるものなのだと気付いたのは、再びテスト用紙に向かった時だった。
「どうした、羽生崎」
「い、いえ……」
僕が急におどおどとし始めたからか、先生が僕に声をかけた。
だけど、僕は先生の顔を見れずに俯いたままか細い声で「大丈夫です」とだけなんとか言えた。
僕は分かっていたんだ。
この時、先生も含めたクラス41人中、僕以外の人間が全員、僕のことを見ていたんだって……。
■カウンセリング
あれから十年が過ぎ、僕の視線恐怖症は落ち着くどころかもっとひどくなっていった。
外出するのが極端に怖くなり、折角決まった仕事にもいけない。
親からも今流行りの「ひきこもり」だと思われていて、ほとんど相手にされない。
馬鹿にするな。
僕は、他人の視線が怖くて外に出れないのだ。ゲームやアニメが好きだからではない。
ネットなどをしていると、最近はコミュ障という言葉があるらしい。
調べてみると実に使い勝手のいい、便利な言葉だった。
そうか、僕はある種のコミュ障であるのかもしれない。
ここに辿り着くと、少しは楽になったが楽になった時間も一瞬だった。
コミュ障というものが、視線恐怖症よりも重度の神経症であるとするならば自分と同じかそれ以上の人間もそれ相応に多いというこではないのか?
自分と同じ人間がいる……。
月並みだがそんな言葉が思い浮かんだ。
それは僕にとってうれしいことなどではない。
僕と同じ人間というのは、部屋から出られない病気なのだ。つまり、この病気を持つ人間が他にもいるのならば、人は一生外に出られない。
ということは、なにもできない。結婚は愚か友達もできないし、気軽に遊ぶことも出来ない。
怖い。怖い。怖い。
そんなある日、僕は親の勧めでカウンセリングを受けることになった。
親の僕を見る目が怖いが、このままなにもせず、外出もせず、死んでいくのは嫌だ。
僕は少しでも外に出る努力をしなければと、両親の勧めに大人しく乗ったのだ。
「他人は自分のことなど見ていない。興味もないのだという事実を自分の目で確認する。何百回も。習慣になるようにずっと」
カウンセリングの医師は僕にそのように言ったのだった。
■先生の言う通り
なるほど、つまり「自分のことを皆が見ているかも知れない」という意識を、「誰も僕のことなど見ていないし興味もない」と思い、それを都度確認すればいいのか。
それを何百回も。
多い方が良いというのならばそれこそ何千回もだ。
そういうことならば、リハビリがてらにやってみよう。
病院の帰り、僕は意を決して両親に「電車で帰る」と告げた。
僕の言葉に両親は喜び、なにかあったらすぐに電話するようにと言い残して去っていく。
「みんな、僕のことなんか気にしてない……」
僕はそう心に言い聞かせ、地面を見詰めながら歩いた。
やがて人通りが多くなり、すれ違うひとも多くなってくる。
「大丈夫。誰も僕に興味なんてない……」
感じる視線。
カウンセリング通りに……、大丈夫。目が合ったりしない!
顔を上げた。
「……」
正面を歩いていた人が、まん丸い目で僕を見ていた。
(あ、あれ!? おかしいな。そんなはずは)
次に小学生らしき子供の足が僕の足を追い越してゆくのが見えた。
(よおし、今度こそ)
「……」
顔を上げると、小学生は走っていたはずなのに立ち止まりまん丸い目で僕を見つめている。
「え!?」
俯く。
上げる。
道行く人々がみんな、僕を見ていた。
自分の目で確かめてしまった。
みんな、本当に僕を見ていた……。
『新感覚生ビール系飲料……』
大きなビルに設置されたディスプレイ。
タレントがおいしそうにグラスのドリンクを飲みながら、僕を見ている。
「……」
誰も彼も、みんな立ち止まって僕を見ていた。全員、だ。
全員が僕をただ見詰めている。
「せ、先生の……うそつき」
精神的に追い詰められた僕は口から泡を噴いて倒れた。
みんなが僕を見ていたのが理由じゃない。
かなり奥の目を凝らさなければ見えないような、柱の影。
先生と両親の三人が僕をまん丸い目で見つめていたのを見つけたからだ。
もう僕は一生、部屋から出ない。
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