【夜葬】 病の章 -51-
久方ぶりに見る街の灯りは眩しく、だが煌びやかに踊っているように映った。
「どうだい黒川さん、久しぶりの街は」
窪田が上機嫌に訊ねると鉄二はそうだねぇ、と曖昧に答えた。
内心は、自分の心がいつになく踊っていることを隠そうと精一杯の見得だった。
「あんたのほうが久しぶりじゃないのか」
そうだねぇ、と窪田。
続けて自分はずっとこの中で生きてきたからどうも久しぶりという気になれない。とも言った。
「そんなものかね」
「あんただってあの村に来る前は町にいたんだろう。だったら俺の気持ちもわかるはずさ」
「なにを言ってる。もう二十年も前だ。時代も景色も違いすぎる」
確かに、と窪田は笑った。
窪田は鉄二よりもいくつか年下だったが、すでに所帯を持っていた。
妻も子供も鈍振村の生活に不満はなく、本音を言えば窪田が唱えた【電気必要論】にも窪田の妻は異を唱えていたという。
それでも自らの主張を押し通したのは、窪田自身の不満からだ。
「正直、街の喧騒もわだかまりもなけりゃ危険もない。家族で住むには鈍振村は最高の場所だといっていいだろう」
「だったらなんで」
「そりゃあそうさ、あんたならわかるだろう。あの村は退屈だ」
確かにそうだ。
鉄二も常日頃感じている気持ち。平和すぎる村は毎日が同じ事の繰り返しで、まるで時間が止まっているように思えた。
それに鉄二にとっては、村に対する退屈さを憶えたのは今に始まったことではない。
元が死んだ後からずっと感じていたことだった。
「ちょうどいい。あそこの店に入ろう」
「え、いいのか」
いいんだよ、と窪田はひとりでにすたすたと鉄二の前を歩いた。
その先にはのれんに【おでん】と書かれた一軒の居酒屋があった。
鉄二は躊躇ったが、欲には逆らえず窪田の背についていくことにした。
「電気を引くための相談をしにきたんじゃないのか」
コップ酒で喉に熱を送り、火を吐くような呻き声から日本酒の甘い米の香りがする。
窪田は鉄二の問いに勿体ぶるようにして、その余韻にして浸った。
この日、ふたりは街に下りていた。
窪田が高らかに必要性を謳った【電気必要論】を実行に移す前段階として、街に下見を兼ねてやってきたのだ。
役所で相談をすることも予定の中に組み込まれていたことから、鉄二は窪田の自由な振舞いに戸惑った。
「なんだあんた、意外と固いな。ここまでどれだけ時間がかかったと思ってるんだ。このくらいは大目に見てもらわんとかなわんだろう」
鉄二が懸念しているのはそういうことではなく、今回の諸費は村からでているということだ。
「大丈夫だよ。村の金と言ってもそのほとんど……いや、すべてといっていい。俺たち【新参者】が寄付したものだ。いわば、あんたら――失礼、船乗りたちの金じゃない」
「船乗り?」
「ああそうさ。村の先住民、船姓の連中のことだ。耳馴染みはないだろうが、俺たちは奴らのことをそう呼んでる」
『やつら』、『連中』とはまるで村民のことを見下しているような言い方だと鉄二は思った。
そして同時に、新しい人間と古い人間はうまくやっているのではないのか、という疑問も同時に浮かぶ。
だが確かに【船乗り】とはいいモノのたとえだと感心した。
「船乗りが嫌いなのか」
「嫌い? そんな風には思ったことがないね。なんというか人畜無害な存在さ。特別仲良くしようとは思わない。だってやつら、気味が悪いだろう」
「随分な言い草だな。気味が悪いとはどういうことだ」
心当たりがないわけではない。
だが自分以外の人間が、あの村のことをどう思っているのかには興味があった。
出汁がしみ込んで真っ黒になった大根を箸で割りながら、窪田は顔を歪め不快さを表した。
「あの神社をやたらと崇拝しているところとか、話が通じないところとか、だな」
――神社。鈍振神社のことだ。確かゆゆも言っていたな、神社には入らないようにしろと新しい者には言ってある、と。
「話が通じないとは?」
「日本語が通じないとか、会話ができないってことじゃない。肝心なところをはぐらかして隠しているだろう。たとえばそう……【夜葬】とか」
「【夜葬】、だと」
窪田の口から夜葬の名が出たことに鉄二は驚いた。
鉄二の驚いた顔をちらりと見た窪田がおかしそうに笑う。
「意外だったか? 俺がそれを知らないと思っていたんだろう。残念」
愉快そうに笑い、くちゃくちゃと下品に咀嚼音を鳴らして窪田は言った。
「でも半分正解さ。まあ、その辺のことも聞きたくてあんたを選んだんだけどな」
先端にからしが付いた割りばしで鉄二を差し、瞳の奥を覗き見るようにして窪田は見つめた。
今回の下山は、窪田と鉄二のふたりだけだった。
当初の予定では、3~4人ほどで下山しようという話だったがそれを窪田が独断で変更したのだ。
これについて異論を唱える人間はいなかった。
下山する大変さをそれぞれ知っていたから、わざわざ行きたいと名乗り出たのが鉄二だけだったのも大きい。
「あんたはきっとくると思ってた。俺がみんなの前でこの話をした時に手を挙げなかったのにはちょっと焦ったけどな。でも、後になってちゃんとうちまで来たし」
窪田の言う通り、この下山は鉄二が望んだことだった。
「……半分正解とは?」
「ああ、そうだそうだ。おそらく、船乗りの連中以外で村のことに一番詳しいのはあんただろう? 当然、【夜葬】についても知っている。俺たち新参者には連中、教えてくれないんだ」
――それはそうだろう。あいつらはあれが『恥ずべき因習』だと知ってしまった。だからわざわざ新しくきたやつらに話したりはしない。
「あと、神社にある顔のない地蔵とか、な」
鉄二は口に含んだ酒を噴き出しそうになった。
思わず振り向く鉄二の様子を見て、窪田はまたおかしそうにして笑う。
「行っちゃいけないとか、真に受ける訳ないだろう。あそこになにがあるかくらい知っている。まあ他の新参者は怖がりだからしっかりと言いつけを守っているんだろうがな」
そう言って鉄二を見つめる窪田の目は、『話してもらうぞ』と言っている。
好奇心と、別の何かが混ざり合った――窪田が言うところの『気味の悪い』瞳に、鉄二は口に含んだ酒をごくりと飲み込む。
胃に落ちてゆく熱を感じながら、鉄二は口を開いた。
まるでそれがゆゆへの抗いになると信じるように。
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