ゲシュタルト崩壊
■ネットで見た妙な迷信
浩成は、普段からあまりにオカルトや心霊といったものには興味がない。
だが、フリーでシステム構築などの仕事をしている為、息抜きにネットを徘徊することがある。
だから、嫌でも目に入ってしまうのだ。
『ゲシュタルト崩壊』
なにもその言葉だけが独り歩きしているわけではない。
よくある『検索してはいけないワード』や、ネットでの都市伝説などでその名がちらほらと見かけるからだ。
……息抜きに、あえて興味のないものをボー……と見る。
なぜなら、なにも考えなくてすむからだ。傍から聞けば理解に苦しむかもしれないが、浩成にはこれがガス抜きになる。
脳を適度に休ませるには丁度いい。彼はそう信じて疑わなかった。
そんな、なにも考えずに見ているだけの情報に、時々現れる『ゲシュタルト崩壊』。
その字面からナチス軍や、軍関係のなにかだと勝手に誤解していた浩成がその内容を知ったのはひょんなことからだった。
とある掲示板に、こんなやりとりがあったからだ。
『鏡の前でお前は誰だっていってみ』
『ちょ、おま それゲシュタルト崩壊じゃないか』
……ゲシュタルト崩壊?
そこで浩成は初めてそれが気になりはじめた。
「ゲシュタルト崩壊ってなんだ……?」
単純な知識欲が刺激され、浩成はそれを調べることにした。
■お前は誰だ
ゲシュタルト崩壊とは、『ゲシュタルト心理学』からくるものだと知った。
ゲシュタルト心理学とは、同じものを連続して見ているうちにそれが本当にそれなのか、分からなくなるという一種の催眠や暗示のようなものだという。
例えば『常』という漢字がノートに何百もずらっと並んでいたとする。それを左端から一つずつ見つめていると、本当にそれ『常』という字なのか確信が持てなくなり、不安になる。
これに似た経験は誰にでもあるのではないだろうか。
当然、浩成にも似た経験はこれまでにいくつかあった。具体的にどんな思い出だったのか話せと言われれば、饒舌に話す自信はないがその説明に浩成は一人で納得したのだった。
「そういう意味だったのか……」
そして、ゲシュタルト『崩壊』とはなにか?
前述で説明したゲシュタルト心理学が『崩壊』する。それがなぜ検索していけないようなワードになるのだろう。
その中身を見てみると浩成は納得した。
ゲシュタルト崩壊とは次のようなことを言うようだ。
鏡の前で、自分の顔を見詰めながら「お前は誰だ」と鏡の自分に対して問いかけ続けるそうだ。
するとどうだろう。次第に自分が自分である確信が保てなくなり、最後には精神が崩壊し狂ってしまうという。
「っへえ……。おもしろいな」
興味もなかったものが、思わず面白いものだった時、妙に嬉しくなるものだ。
思わぬ収穫に、浩成は高揚した。
■やるはずもない実践
だが、だからといってわざわざ鏡の前で好奇心に負ける浩成ではなかった。
ゲシュタルト崩壊の情報にしたって、「おもしろいことを知った」程度のものでわざわざ実践してみるような愚かなことをするはずもない。
しかし、それはあくまで浩成が鏡の前でそんなことをしないというだけのこと。
パソコンの前、一人の部屋。作業に疲れた浩成が仮眠を取ろうとPCをスリープモードにした時だった。
「……」
暗くなったディスプレイ、顔を照らすスタンドライトが真っ黒な画面に浩成の顔を映し出していた。
「……」
ふと頭に過る。
『ゲシュタルト崩壊』
と、
『お前は誰だ』
浩成は、一人首を横に振るとそれらの邪推を振り払おうとした。
「ちょっと眠ろう」
独り言を呟きスタンドライトのOFFボタンに手をかけた時だった。
【お前は誰だ】
浩成は目を疑った。むしろ、自分が気づいていないだけでもう眠ってしまっているのかとも錯覚してしまった。
なぜならば、スリープ状態にしていたはずのディスプレイにその文字が浮かんだからだ。
――このところゲシュタルト崩壊のことばかり考えていたからか。
浩成は無理に自分を納得させるため、それを目の錯覚であると言い聞かそうと努める。
目を閉じ、もう一度落ち着いて見てみよう。
そうすればきっとなにも表示されていない、ごく普通のディスプレイがあるはずだ。
浩成が目を閉じ、瞼を右腕の人差し指と親指で抑え、眼球のマッサージを行う。
目を酷使しているのだ、このくらいの錯覚くらいは……。
【お前は誰だ】【お前は誰だ】
「ぃっ……!」
それはもはや錯覚であると言い訳が出来なかった。
浩成が目を開けると、【お前は誰だ】という言葉が一つ増えていたからである。
理解の出来ない事態に浩成が焦り、ディスプレイの主電源を消そうと試みるがその手を止める出来事がまた彼を襲った。
【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】【お前は誰だ】
スタンドライトに手を伸ばした手が、弧を描きライトその物に当たりスタンドライトの光が天井へ飛ぶ。
それと同時にガシャン、という音。それは浩成がバランスを崩し足元を滑らした際に掴んだ椅子が転んだ音だった。
どすん、と重たい音で床に尻を落とした浩成の目にはディスプレイにびっしりと表示された【お前は誰だ】という言葉。
暗い部屋でそれだけが延々と表示され続け、浩成は声にならない悲鳴を上げた。
「あ……わ……は、あ」
動けないでいる浩成の目の前のディスプレイから、にょっきりと黒い人影が縫い出てくるのに、釘づけになった。
その黒い人影は、ゆっくりと浩成の前に立ち上がると徐々に顔がはっきりと分かるようになってくる。
やがてその人物の顔がくっきり判別できたとき、浩成は全身の血の気が一瞬にして引くのが分かった。
「お前は誰だ?」
尋ねたのは浩成ではなく人影……いや、その人物の方であった。
「お前は誰だ?」
人物は念を押すようにもう一度、尋ねる。
「……お前は、誰だ……」
浩成が最後に、その人物に聞いた。
目の前で浩成を見下ろしていたのは、浩成だった。
――ゲシュタルト崩壊。
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