嗤う旅愛知 栄枯盛衰悲喜交々・名楽園中村遊郭跡

■国内最大級の花街へ
どうも最東です。最近ムラムラしやがる、いっちょ女でも抱いてやっか!(おまわりさん、こっちです!)
今のご時勢、こんな発言をすればたちまち猛批判の的。最東は女の敵、許すまじ!殺せ!となるのは目に見えています。ごめんなさい、俺のこと抱いていいので、雑に抱いていいので!(荒い息)
とはいえ、最東のことを雑に抱いてくれる人はいないのでここらでいっちょ遊郭にでも行ってやろうかと思います。もっとも、遊郭跡だけどな!
日本にはかつて遊郭の文化がありました。実に400年もの歴史を誇りつつ、戦後人権的観点から問題視され、解体されました。
つまり『売春だけでもだめなのに、国が認めちゃもっとダメ!』ということでして、太平洋戦争で敗戦を喫した日本から遊郭が消滅したわけです。とはいえ、長い歴史をもつ遊郭文化ですから、『ダメ、ゼッタイ』としてもそれまでその業界で生きてきた人間もいるわけですからすぐに解体するのではなく名目や建前を変えてしばらく様子見の期間がありました。
これが1945年から1958年(昭和33年)まで存在した通称赤線地帯です。
昭和33年4月から売春防止法が施行されるまでおよそ12年間だけ存在した、黙認されていた(認められていたわけではない)売春地帯をそう呼びました。
かつて遊郭が存在していた時代には、日本一ともうたわれた『中村遊郭』がここ名古屋にありました。
■遊里は色街に
中村遊郭の前身は旭遊遊郭。1854~1860年ごろに開業し、1875年に大須観音の近くに移転。その後、観光地として人気を集めだした大須観音のそばに遊郭が存在することが風紀上よろしくないということで1923年に再度移転を強いられ、この時中村遊郭と名を変えました。
同年9月に関東大震災が発生。東京や横浜の娼妓が大挙して押し寄せると質の高い娼妓が多いと評判になり、たちまち盛況となりました。全盛を極めた1937年には娼妓の数は2000人を超えていたといいます。
他の遊郭と比べ、割高な花代ながらその満足度からリピーターは絶えませんでした。それが中村遊郭を日本一と言わしめた所以だったのでしょう。
戦後、赤線化した際には『名楽園』と名を変えました。豪奢な遊郭時代の名残は色濃く、これに腰が引けた客は名楽園入口そばの青線……つまり認可されていない地帯で遊んでいたそうな。
いわゆる昔でいうところの岡場所にあたるところで、中華そば屋、おでん屋、喫茶店などで交渉し、話がつけば裏の宿でしっぽり……というシステムだったそうです。
売防法施行後、全国の赤線が一斉に廃業、あるいは転業を余儀なくされました。
赤線地帯はもともとは遊郭、という場所も多かったので遊郭建築を売りにした旅館などになったケースが多くありました。それ以外だと料亭に転業したケースもあります。
大阪には飛田新地という日本で一番有名な遊び場がありますが、その中心に建つ鯛よし百番は料亭に転業した遊郭建築として有名です。
さて、では現在の名楽園がどうなっているのでしょうか。
■混然一体の街
中村区大門町に名楽園・中村遊郭跡はあります。大門町という地名がこの土地が遊廓だったと雄弁に物語っているようですね。



歩いてみると一見普通の街並みに思えます。スーパーがあったり、駐車場があったり、商店やソープランド。ごくごく普通の街並みです。
ソープランドだって!?
このあたりは遊郭、赤線と経て現在はソープランドが立ち並ぶ一帯になっています。実は遊郭時代の名残もあちこちに見られます。
築年数を思わせる古民家があったり、妄想が捗る家屋があったりして私のようなスキモノには垂涎ものの場所でした。








大門町というだけあって、しっかりと大門のモニュメントがあるのも好感度が高いところ。住みたい。街歩きするだけでドキドキワクワクを味わえるレアなスポットでした。
一帯を歩きながらいぶし銀でいかす家屋を見かけ、あれも遊郭時代の遺構なのではないかと近寄ってみると驚くことにそこはソープランドの駐車場内にありました。
これはこれは想像が膨らむ。なぜこんなところに。
ソープランドの客用裏口という謎の入り口も徒歩でないとなかなか見つけられないところ。民家と商店、スーパーと並んで貸座敷っぽ家屋やソープランドが並んでいるのは実にカオスで面白いです。この辺の感じは宝山寺新地とも、今里新地とも似た光景に思えました。








大正に開業した中村遊郭なので、すでに顔見世ではなく時代の先行く写真見世だったし、いち早く洋式カフェー建築の妓楼もありました。それが今も拝めるのは貴重です。
なにより地域が土地の名前も含めて、かつてこの地が遊郭であったことを隠していないところが最東的ポイントが非常に高い。住みたい。(2回目)
いつか無くなってしまう遊郭建築の景色。今のうち、散歩がてらに街のありようと眺めるのも楽しいものです。
















それにしても京都の五条楽園だったり、名古屋の名楽園だったり、楽園をつける赤線が多いですね。月並みですが、それは男の楽園であって女からすれば地獄だったのかもしれません。
立場によって地獄か楽園か、ともかくとしてここは大門町。その門くぐれば、この世とはさらばの土地だったことは違いありません。










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