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怪紀行愛知・英霊たちは静かに佇む知多中之院 軍人墓地

■旅は迷う

どうも最東です。みなさん、今日も迷ってますか?

旅といえばやっぱり迷子ですよね。むしろ迷子のない旅なんて旅と呼べるのでしょうか。

いやあ、観光名所なら迷わないだろうと思いつつ、山勘で迷うというのも一興。

ほとんどの人が人生に迷っているわけですし、物理的に迷うのは致し方がないことと存じます。仮面ライダーゾンジス。

四十にして惑わず、という言葉がありますがいやいや、惑う惑う。惑うし、迷う。魔導師、迷う。(天才ラッパー)

逆に迷うために旅してるもんですよ、僕ぁ。

そういうわけで絶賛迷子中の最東は「ペロッ、ここが中之院だね!」と確信し山を登る登る。行く先々でお地蔵様や石像をお見かけするのでなんの疑いもなく、「頂上にはお目当ての軍人墓地があるノダ!(汗だく)」と登りきった結果、そこは三鈷の松で頂上にはありがたい弘法大師立像がありそもそも中之院ではなく岩屋寺だったわけです。

先述しましたけど、これ、わざとですから。わざと迷子になっただけですから。迷子を楽しむための旅ですから!(まもなく日が暮れる)

■たぬき寺

というわけで、予期せず違う場所に行ってしまったチャーミングな最東ですが中之院 軍人墓地はこれのすぐそばということで日が暮れそうな時間でも間に合っちゃいました。(計算通り!)

とはいえ、迷子で小一時間山道を彷徨った最東はこの時疑心暗鬼になっていました。

なぜならマップ上だと岩屋寺の手前……知多湾側にあることになっています。最東は知多の貝殻公園からやってきたので通ってきたことになっているのです。

「え~~、そんなのあったっけ~」

と疑いつつ、探してみたわけですがない!それらしきところは通ってきてないし、うろついても見当たらないジャマイカ!

くそっ!馬鹿にしやがって、これだからネットの情報はアテに……あっ、たぬきかわゆす♥

「よっ。きたポコね」

最東を出迎えたのはたぬきタン。見ればあちこちにたぬきが不審者の最東を見つめています。

実はここ地元の人から『たぬき寺』と呼ばれているそうです。(最東調べ)

勝手にうろちょろしていいのかな、と心配になりつつなんとも言えない光景に興奮してしまいました。そうして奥に進んでいくとそれは現れました。

■中之院 軍人墓地

遠目からでも勇ましさが伝わる立ち姿。死してなお、規律を順守し整列する軍人像を前にすると総毛だつ思いがしました。

彼らを前にすると、それらがただの石像ではなく生きながら石化されたのではと疑うほどに生気に満ちていました。堂々としていて、勇ましく、確固たる信念がその佇まいとまなざしに宿っている気すらします。

軍人たちの瞳は、見つめられるだけで突っ立っているのが申し訳なくなり、思わず一礼してしまう迫力がありました。

中にはタスキがかけられているものもあり、そのまなざしの先にある大きななにかを思わせます。

軍人像はかなりの数があるにも関わらず、そのひとりひとりにしっかりと個性を覗かせます。立ち姿ひとつとってもそうですが、顔つきも違う。作者の浅野祥雲氏の、彼らに対する誠意と情熱が伝わってくるようです。

さて、気になるのは軍人像となった彼らの出自でしょう。

昭和十二年の上海上陸作戦における敵前上陸で戦死された古屋第三師団歩兵第六連隊の兵士たちを基にして軍人像は作られました。緊急出動で名古屋城内の兵営から十三キロの道を夜間にもかかわらず徒歩行軍し、野間沖で巡洋艦、駆逐艦に乗り込んで揚子江河口付近に敵前上陸しましたが半月足らずでほぼ全滅しました。

この時の戦没者の遺族がもちよった写真を基にこの軍人像は作られたといいます。

戦後、GHQがこの軍人像を取り壊すよう要請した際、これを聞いた僧侶が「国のために戦い死んだ勇敢な兵士はアメリカも日本も変わりはない。それを称え、奉ったあの像を日本人の手で壊すことなどできない。どうしても壊すというのならこの場で私を銃殺したうえで壊すがよい」と強硬に主張し、軍人像は残されることとなったそうです。

僧侶の決死の覚悟には頭が下がりますが、それを飲んだGHQの温情にも人間味を感じないでしょうか。成り行きの大小はあれど、国も人も結局些細な思いのすれ違いや摩擦から衝突するのでしょう。これは悲しいことでもありつつ、人間らしさでもあるのかもしれません。

軍人像が建立された当時は名古屋市千種区の丘にあったが、平成七年に中之院を安住の地として移動されました。いまでも遺族や縁者の方々がたびたびお参りにやってくるそう。

知多半島のこの地はとても静かでいいところです。知多の海が近いのも兵士たちにとっていいことではないかと思います。

太平洋戦争より以前も日本はあらゆるところで戦争をしていました。いまや、戦争放棄し80年近くが経った我が国ですが、血で血を洗う時代があったのです。

その礎となった幾万人の英霊たちにこうして手を合わせるのは、ある意味で先祖に対する敬意と誠意になのかもしれません。

ありがとうございました、と、お疲れ様でした、を心と声で伝え軍人像を後にしました。

今日も彼らは祖国の地で勇ましさをそのままに、静かに佇んでいます。

それでも平和は遠い

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