【連載】めろん。79
・綾田広志 38歳 刑事㉛
「カメラにすべて記録されているし、星野姉妹のことは把握済みだ。状況から見て綾田ちゃんもわかっていたはずだよねぇ? あの子のどちらかが……いや、むしろどちらともその可能性が高いということ」
「だからここに来た、ということもわかっているだろう」
はははっ、と両間はおかしそうに笑った。
「あ、わかる? そうなんだよね~、そういう頭がキレるところが好きだよ僕は」
「協力しろというのならひとつだけ先に答えろ。あの姉妹をどうするつもりだ」
「どうするもなにも、ほかの住民と同じだよ。ここで平和に暮らしてもらうさ」
「なにが目的だ」
「ちょっとちょっと綾田ちゃん、頭がキレるって褒めたところなんだからがっかりさせないでよぉ。そんなのすこし考えればすぐにわかるでしょ」
そう言いながら両間はコマを進めた。
「あー、またお金飛んでいっちゃった。まいったね、ツキに見放されたのかな。ああ、目的……だったね。そりゃあ市民のためさ。ここにめろん発症濃厚者を集めておけば、下界で彼らは人間を喰わなくて済むだろう」
「だがここでは……」
「めろん発症者がめろん発症見込みの人間を食べるんだ。一石二鳥」
「貴様……ッ!」
瞬時に頭に血が昇った。だがただちに押さえつけられ、ふたたび頬が畳を舐めた。
「心境はわかるけど冷静になりなよ。社会でこんなものが蔓延しちゃたまらないだろう。それにめろんがめろんを食べるって言っても、こっちが感知したぶんはこちらで対処している。あくまで間に合わなかった場合だよ、綾田ちゃん」
「社会だろうとここだろうと変わらない! お前たちは命を見殺しにしているだけだ!」
「ひどいなぁ、僕は慈善活動の一部だと思っているんだけど」
両間は喋りながら水筒を手にした。イルカが鳴くような音を立ててフタを開けると、中身のにおいを嗅いで顔をしかめる。
「それに僕からしてみれば彼らはいわば仲間だ。君なんかよりもよっぽど僕の方が心を痛めてるって知ってほしいね」
苦々しく顔に皺を寄せながら、露骨に厭そうにして両間は水筒の中身を飲み干す。ぬぐった口元はてらてらと脂ぎった光を放っていた。
「仲間? なにを言っている」
「……これ、なんだと思う? 動物の脂と玉子を混ぜたやつ。これがまたとてつもなく不味くてねぇ」
脂? 玉子?
なぜそんなものを飲んでいるのか、理解できなかった。ただ胸を漂う厭な予感だけが俺に警告をしている。この男が普通ではない、と。
そして普通でない正体はすぐに明らかとなった。
「君は美味そうじゃないね、残念だ」
「まさか……お前……は」
こめかみに衝撃が走り、畳に頭を押し付けられた。頭を割りそうな体重を感じ、黒服のものではなく、踏みつけられたのだと気づく。苦しみにうめきながら、目だけを見上げる。アングル的になにも見えないが、それでも俺はそいつを睨んだ。
「よくないね、綾田ちゃん。いくら僕がフレンドリーだからって、礼節を忘れちゃ。僕は君と友達になりたいんだよ、わかるかなぁ。言ったろ、美味そうじゃないって。食べ物として君を見たくないんだ」
「……めろんに罹っている……のか」
そこまで発するとさらにこめかみを踏みにじられた。
「ぐああっ!」
「僕が真剣になる理由がわかった? 自分の命がかかっているのでね」
「ど、どうして正気でいられるんだ!」
「正気?」
「うがああ!」
さらに強く頭を踏みにじられ、目が飛びだしそうな圧迫感と苦痛が襲う。脳を踏み潰されているようでまともに考えられない。
「僕が正気だってえ? そんな風に見えているなんて悲しいよお綾田ちゃああん! 正気なわけないだろう、人を見れば美味いか不味いかでしか判断できないし常に腹は減っているしねぇ! あの脂玉子ドリンクがどれだけ不味いかわかる? 人間にとって食は幸福なんだよ。それを奪われて正気でええいられるなんてええええええ」
「落ち着いてください! 死んでしまいます!」
黒服に止められ、ハッとしたように両間は足をどけた。黒服の拘束を解かれた俺は即座に頭を押え、部屋を転がりまわった。
「あーあー……せっかく進めた人生ゲームが台無しだよ綾田ちゃん」
「はあ……はあ……くっ!」
頭痛が治まらず、言葉もでない。痛みで目も開けていられなかった。
「痛かった? ごめんねぇ綾田ちゃん。でも僕が怒らない男だと高を括っちゃだめだよ。次は手加減できないかもしれないし、……食べちゃうよ」
ゾッとした。
痛みでまともな思考が取り戻せていないというのに、『食べちゃうよ』と言った両間の言葉にしっかりと恐怖を感じたのだ。
なぜなら両間はめろんを疾患している。『食べる』という言葉の信ぴょう性が確かにあった。
もちろん、両間の方便かもしれない。めろんに罹っているという言葉を鵜呑みにしてはいけない。それはわかっている。
だが刑事の勘が言っている。これは本当だと。
その勘を信じてはいけない。信じてしまっては――俺は両間に囚われてしまうかもしれない。
「もっと仲良くしてよ綾田ちゃん。僕が美味しそうだと思えるくらいには」
両間の笑顔がこれまでとまったく違って見えた。
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