【連載】めろん。78
・綾田広志 38歳 刑事㉚
ドスの利いた両間の言葉に従い、ボードゲームの対面に座る。
両間は表情を明るく一変させるとマスのひとつにコマを置いた。
「途中参加ってことで特別にいいところからスタートさせてあげよう。お金も奮発しちゃおうかな」
返事をせず手渡すおもちゃの紙幣を受け取った。
「子供が生まれたばかりでねえ、ほら見てごらん3人も抱えているんだ」
ピンクのピンが二本、ブルーのピンが三本ささった車の形をしたコマを指差し、両間は嬉しそうにはしゃいだ。
「ほらルーレットを回して綾田ちゃん」
異様な空気が漂っていた。
民家の一室、黒服の両間らに囲まれ人生ゲームに興じている。だがゲームを楽しんでいるのは両間のみで、俺を含めた他の人間は黙々と進めていくだけ。
両間の様子をうかがうため従う俺と、俺を監視する黒服。両間ひとりだけが止まったマスに一喜一憂をしている。
「〝格安SIMで電話代が浮いた〟だって、今の時流に合わせてるんだねえ。たゆまない企業努力には頭が下がる思いだよ」
「……この家は、なんなんだ」
「なにって、普通の家だよ。それ以外なにに見える?」
「どうしてあんたたちがいるんだ。俺を待ち伏せていたのか」
「自信過剰だねえ、綾田ちゃんは。半分正解、と言っておこうかな」
どういう意味だ、と訊ねる前に両間はルーレットを回した。
「この家の存在を知ったのはどこからだい? ああ、答えないで。当ててみせよう……大城くんからかな?」
大城の名前がでてきたことで反射的に両間を睨みつけた。
肩をすくめて両間はおどける。
「やめてよそんな怖い顔するの。元はと言えば守秘義務を易々と破った彼が悪いんだ」
「守秘義務だと? それは女子高生をあんたたちが……」
「そうそれ! なんで綾田ちゃんが知ってるのさ~。大城くんがそれを喋っちゃったからねえ」
唇を噛む。
悔しいが両間の言う通りだ。そもそも俺が大城から女子高生の件を聞きださなければこんなことにはならなかった。
誰かに話したかった気持ちを知っても、固く耳を閉ざすべきだったのだ。
「……とか思っているでしょう? でもそういう人間はね、結局誰かに喋っちゃうんだよ。それが綾田ちゃんじゃなくてもねえ。まあ結局――」
彼にこの仕事は向いていなかったってことさ。
「なんだと!」
立ち上がろうとするのを脇の黒服に押さえられ、頭を床にこすりつけられた。
「ぐう!」
「落ち着きなよ綾田ちゃん。なにも彼の悪口を言いたいわけじゃない。だが迂闊だったのは君も認めるところだろう? 結果、大城くんは死んじゃって君はここにやってきてしまった……」
「答えろ! 大城はなぜ死んだ!」
「見ただろう。自殺だよ」
「そうじゃない! 大城の家族はなぜめろんに罹った!」
挑発的に見下ろしていた両間は眉を下げ、への字に口を結んだ。
「ふむ、それがねえ……わからないんだよ」
「わからない……だと」
「ちょっとちょっと、怒らないでよ。悪気があってじゃない、本当なんだ。大方君は僕たちが彼を口封じのために拉致して無理矢理ここに閉じ込めたと思っているだろう?」
そうじゃないのか? 口にはださなかったが、両間は俺の表情で読み取ったらしい。
「嫌われているなあ。公安は警察だよ、罪のない市民を拉致したりするわけない。某国じゃあるまいし。彼が君に口を割ったのを知って詳しく事情を訊こうと思ったのは確かさ。外部に駆けこまれると困るのでご家族に同行願ったのもね」
「同じじゃないか!」
「全然違う。僕はめろん村に連れてくる気はまったくなかった。近くの署で話を訊くだけのつもりだったんだよ。でもね、どうしてだか彼の娘にめろんの反応があったんだよ」
「めろんの……反応……?」
自分でつぶやき、目を見開いた。
「そんなものがわかるのか」
「わからなければここにめろん予備軍を集められないだろう」
とても信じられない話だ。
「坂口くんの研究の賜物さ。もちろん大城くんの娘が偶然、めろんの兆しがあったのかもしれない。それも考えうる。だが可能性としては低いと思うんだ。綾田ちゃんも知っているだろう? いくらここのところ件数が増えつつある……といっても、全国的に見ればめろんはまだまだ世間に浮上するような深刻な状況じゃない。口封じにいってたまたまその家の子供がめろんだった……なんてことあると思うかい」
それについてはたった今、両間自身が言った。考えうることだと。
だが一方でその可能性が低い、ということもわかる。そんな偶然があるものなのか。
「なにか理由がある……といいたいのか」
「いいねえ、綾田ちゃん。やっぱり君は有能だよ」
そういって両間は駒を5つ前に進めた。
「あー! 地震でマイホームが倒壊だって!」
おもちゃの紙幣を支払いながら両間はじっとこちらを見つめた。
「君の力を借りたいんだよ僕たちは。協力してくれるね? 綾田ちゃん」
「俺の力を借りたい? 一体どういう風の吹き回しだ」
「君の意見を訊きたいんだよ。あの子供、どうなった?」
ぬるりと睨めつけるまなざしに背筋が凍る思いだった。すべてを見透かしているような、怪物じみた凄みがあった。
「あの子供……」
両間は理沙のことを言っている。
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