【連載】めろん。45
・ギロチン 29歳 フリーライター⑤
遅い。
清掃員らしき男は一向に帰ってこない。すでに一五分も待たされている。いや、もうすぐ二〇分だ。
通路の奥を覗く。真っ白いだけでひと気がない廊下が続いている。
誰かがやってくる気配もない。じっと眺めていても変化はなかった。
いったいいつもどってくるのだ。ただ確認しに行っているだけではないのか。
時刻は一六時に差し掛かった。もう二時間もすれば陽が落ちる。夜になってもここにいるのは避けたかった。
どうする。
帰るか?
天井を見上げる。監視カメラはあちこちにある。監視されているのだろうか。
「すみませーん、あのー!」
大声で叫んだ。白い通路の奥に俺の声が反響しながら飲まれてゆく。
「誰かいませんかー。さっきのおじさーん」
反応はない。そうしているうちに三〇分が経ってしまった。
帰る? まさか。ここまできて冗談じゃない。
監視カメラに振り返り、しばし見つめ合う。誰かが見ているのか?
いや、なんでもいい。怒られたらそこでやめればいいのだ。
「入りますよー。この奥に……行きますからねー!」
一応断りを入れておく。どれだけ役に立つかはわからないが、自分への言い訳のためだ。
念のためもう一度、あの清掃員が戻ってこないかを窺ってから俺は通路へと足を踏み入れた。
白い建物は進めど進めど、余計になんの施設かわからなかった。
通路の途中でいくつもドアがあったが、なんの部屋か書いていないのでわからない。試しに開けてみようとするがどれも鍵がかかっていた。
そのくせ迷路のように入り組んでいる。正直、二〇分ほど歩いたがすでに迷った。
なぜこんなにも複雑に作る必要があるのか。
頭によぎるのは精神病棟。興奮した患者が容易に外へとでられないようわざと入り組んだ設計にしている。もっとも可能性が高いとは思うがどうも現実味がないように思う。
昔は確かに人里離れた山奥にそういった施設があったという事実はある。
だが現代においてそういった施設はむしろ町中に建てないと人権的にうるさい。いまはほぼないと言っていいだろう。
それにもしもここがそういう施設だとすればやはりマップに登録されていいないのは不可解だ。
さらに深まる謎。
それにしてもどこだここは。不安になってくる。
迷っていることもそうだが、それ以上にひと気がなさすぎる。この世でたったひとり、俺だけが取り残されたように思えるほどだ。そんなセンチな性格ではない俺がそんな気持ちに陥るくらいなのだから、相当ここは精神的にくる場所なのだろう。
スマホを取りだして見る。当たり前のように圏外。想像はついていたが、ただ単純にアンテナの問題ではない気がする。
試しに近くにwi-fiの電波が飛んでいないか調べてみた。
『metusron_01』
ひとつでてきたサーバの名前に冷や汗が滲みでた。
「メロン……いや違うぞ、これは……めつろん?」
メロンではない。めつろんとある。打ち間違いだろうか。メロンとめつろん、偶然というには酷似しすぎている。
なぜならここはメロン村があった場所だ。
めつろん……めつろんってなんだ?
ジャッ
物音ひとつしない中で突然、正体不明の音がなった。
驚いて回りを見渡すが音の正体はわからない。
ジャッ
さらにもう一度。
「なんだ、誰かいるのか! いるならでてきてくれよ、迷ってるんだ!」
猛烈に厭な予感がする。なんだこの胸騒ぎは。本来なら人がいることを喜んで然りだというのに、俺の鼓動は烈しく高鳴り厭な汗が止まらない。
コツ、コツ、と革靴の踵を打つ足音が近づいてくる。そこでようやく俺はその音の正体を知ることとなった。
「なんだ、ここの人っすか。あの勝手に入ってすみま――」
俺の目に、真っ白い通路に直接書き込んだような黒いスーツにサングラスの男が映った。
コツ、コツ、と靴を踏み鳴らしてやってくる。手に警棒を持って。
「い、いや悪かったって! 勝手に入ったのを怒ってるんすよね、わかった! 戻るから、大人しく戻るから乱暴なことはよしてくれ!」
コツ、コツ、と今度は背後からも聞こえる。
ほぼ同じ背丈でまるで同じ恰好の黒スーツの男がやはり手に警棒を持ってやってくる。俺は挟まれてしまった。
「なあ、な……なにもしないよな? そんな物騒なもん持って……」
ずんずんと追い詰められ、ついに俺は囲まれた。
黒スーツの男はふたりともまるで表情がない。要人のSPと言われて頭に浮かぶイメージそのままを具現化した風貌だ。
「わかった、どこにでも連れて行っていいから、な?」
相手が心を許すよう、俺は精一杯明るい口調で笑顔を作った。
その瞬間、視界に一杯火花が散り世界がぐるりと反転した。気付くと冷たい床に頬がべったりと付いている。
今度は背中に烈しい衝撃が走る。ダメ押しの一撃だった。
……嘘だろ、いきなり殴るかよ。
黒スーツの男がふたりして俺を見下ろしているのを感じながら、意識は暗闇に攫われていった。
次に目を覚ました時、てっきり自分は死んだのだと錯覚した。
なぜならふかふかのベッドの中にいたからだ。
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