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【連載】めろん。89

公開日: : 最終更新日:2021/04/27 めろん。, ショート連載, 著作 , , ,

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・綾田広志 38歳 刑事㉝

 滅論。

 以前、坂口がめろんのことをそう言っていた。

 まさにその通りだ。自滅するためだけに存在する疾患……いや、両間の父が言ったようにこれは【呪い】なのだ。

 鬼子村で置き去りにされ、その後どうなったかわからない鬼子たち。

 もしも、本当にこれが【呪い】だとするならば……鬼子たちはみんな死んだと考えて違いないだろう。

 その途方もなく強い怨嗟の念が、村の出身者にめろんとして襲い掛かった。

『お前たちは赦さない。絶対に。どんな手段を用いても殺す』

 鬼子たちの恨みの籠った声が聞こえてきそうだった。

 滅ぼされた鬼子たちがかけた呪い。それは自分たちと同じように、『滅ぼすまで消えない呪い』なのだ。

 だとすれば、この呪いを解く手立てなどそもそも存在しないのではないか。

 つまり、理沙はもう――

「俺になにをさせたいんだ」

 両間はにやけた顔をさらにだらしなく緩め、パチン、と胸の前で手を叩いた。

「いいねえ、綾田ちゃ~ん! ようやく決心をしてくれたんだね」

「内容による」

「内容を聞いてから答えを考える……なんて段階でも立場でもないというのはわかっていると思うけど……いいでしょう! 特別に先に教えてあげようかな」

 両間は立ち上がり、俺の周りを周回するように部屋を歩きだした。

「綾田ちゃんには僕の右腕になってほしいわけだけども、所轄を離れろと言っているわけじゃない。むしろ逆だ。できるだけさりげなく、うま~いことこのことを広めてほしい」

「広めてほしい?」

「やだなあ、とぼけないでよ。鬼子村とめろんのことだよ」

「なにを言っている? そんなことをすれば署内はパニックになるぞ。それにお前の出自も……」

 しぃ~、と人差し指を口元に立てた。

 わかっている、という意思表示だった。

「お前……なにを考えている」

「滅ぼすんだよ、僕たちにとっての敵をね」

 ふざけているのか、と思った。

 あまりにも荒唐無稽だし、意味も不明だ。これを本気で言っているのなら狂っているとしか思えない。

 そうか、こいつはもう狂っているのだ。

「そんな目で見るなよ。なにも綾田ちゃんに警察を滅ぼせって言ってるんじゃないよ。それにそんなことくらいでこいつらが潰れるわけないじゃない」

 意図が見えない。一体、なにを企んでいるのか。

 注意深く両間を観察するが、この男はみすみすそれを読み取らせるほど甘くはない。

「僕が滅ぼしたいのは警察じゃないよ。滅ぼしたくてもそんなことできるわけないしねぇ。そうじゃなくて、上層部にいる鬼子の血縁だよ」

 息が止まった。

「同族じゃないのか……」

「言ったろう。罹患者同士に仲間意識はない」

「お前は生きたいんじゃないのか」

「わかっているんだろう綾田ちゃん。僕がすでに本来の僕ではなくなっていることに」

 小さな沈黙が流れた。

 両間は自覚していた。俺が彼の昔話で感じていた……今の両間と昔話の両間とではキャラが違うという違和感だ。

 めろんが発症すると当事者は朗らかになり、常に笑みを浮かべる。なにごとも深く考えることはなく、にこやかに死へと向かっていくのだ。

 両間はもともとこんなに軽薄な性格ではなかった。俺の推測でしかなかったが、彼の告白にもとれる発言で確信になった。

「もはや僕ですら、これが本当に僕なのか、それとも鬼子の呪いに冒された僕なのか、わからなくなっている。もしもこの状態で正常に戻れたとしても、その時にまた自分が自分なのかわからなくなるだろうねえ。いやあ、困った」

「死にたいというのか」

「誰が死にたいもんか。僕はブーストをかけたいのさ、めろん村を管理しているのも運営しているのも政界や警察上層部の鬼子の血族だ。やつらは僕と同じように進行を遅らせているけれど、それで満足している。すくなくとも死にはしないからね。だから一度お祭りをしてあげれば尻に火が付くだろう。めろん村を放置している場合じゃないぞって」

「……ここへ来た時、管理側の異常な人の少なさが気になっていた。秘匿施設だから、ごく限られた人間のみが管理しているのかと勘繰ったが……」

「違うんだよねえ、綾田ちゃん。ここは半ば見捨てられている。僕らが管理していなければ中の連中は全員餓死していてもおかしくないよ」

「連れてきた連中を守っている……とでも言いたいのか」

「うれしいねえ! 僕をそんなお人好しだと思っているんだ。違うよ、ここにいる連中はみんな実験動物だ。めろんを鎮めるためのね」

 真意がわからない。

 善人とも思えないが、これまでの話を聞いてただの悪党とも思えなくなっていた。

 両間は自分の口利きでなんとかこの施設は持っていると言った。

 それはあくまでめろんに罹患した人間で人体実験をするためだ。だがそれをする目的は、めろんのワクチン開発のためなのだ。

 大義のために犠牲は仕方がない。悪いが俺はこれに賛成派だ。

 こんな仕事をしていれば厭でもそんな思考になる。小さな犠牲がやがて大きな命を救う。究極をいえば、その小さな犠牲こそが俺であり、警察である。

 しかし、それもまた手離しに信じられるかといえば疑問だ。

「ひとつ訊く。めろんには音楽が利くかもしれない……というのは信ぴょう性があるのか」

 ぴくん、とわずかに両間が反応した。

「音楽……ねえ」

 歩みを止め、両間はおかしそうに笑った。

めろん。90へつづく

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