【連載】めろん。34
・綾田広志 38歳 刑事⑨
嬉々として持論を述べる坂口はまるで水を得た魚だ。
あれこれと解説を持ちだしては好きなことを並べ立てている。
腹立たしいのは、饒舌に語る自らの仮説があながち間違ってはいなかったことだ。
もちろん、めろんにおける事件の異常性や連続性までは言い当てることはできなかった。だが、猟奇的であることと感染に近いこと、公安を含む大きな力が動いていることなどは言い当てた。
「……といったところだ。どうだ、綾田」
「ノーコメントだ」
「つまらない男だ。俺だってこの仮説が正しいとは思っていない。だがどこか似ているところがあるのではないかね」
どういうつもりだ?
俺はあえて返事を返さずに坂口を見た。俺の無言を肯定だととった坂口はやはりそうかとでもいわんばかりに片方の口角をあげ、勝ち誇っている。
「知ってどうする? まさか捜査協力に名乗りを上げるつもりじゃないだろうな」
「そんな愚鈍なことをするか。言っただろう、暇つぶしだ」
「まったく、俺の周りには変人が多い。それも信用ならないという点ではどちらもいい勝負だ」
「待て、どこへ行く」
坂口は初めてやや焦ったような口ぶりで俺を呼び止めた。
坂口との話を中断して研究室をでようとしたからだろう。
「大城のことはもういい。お前がなにを知っていたところで、面白半分で事件に首を突っ込もうとするやつにはやる情報はないからな」
「なんだと?」
「悪いが俺もこの仕事が長いんでね。遊びに付き合ってやる暇はないんだ」
そう言い捨てて俺は研究室を後にした。坂口もそれ以上なにも言ってはこなかった。
久しぶりに会った友人の変わらなさに、安心感と失望感がないまぜになった感情が渦巻く。変わってしまったのは俺のほうなのかもしれない。
あくまで俺は自分の感情よりも、事件の情報が外にでてしまう危険の方を取ったのだ。現状、大城の情報を持っていそうなのはこの男だけなのにもかかわらず。
「実際、それも怪しいがな」
車に乗り込み、声にだしたひとりごとに俺は笑った。
ホテルに帰ってくるとロビーに知っているシルエットが棒立ちしていた。
一瞬、目を疑ったが不機嫌そうに寄った眉間の皺から本人だとわかった。神経質そうに目を細め、こちらを睨むその男は俺の姿を認めても無言のままだ。
「なんでここにいるんだ」
「寄り道したな? なぜ俺がここまで待たなければならない」
「勝手に待ってたのはそっちだろう。こっちはいけ好かないやつの相手をしてきて腹ペコだったんだ」
「なにを食った」
「うどんだ。ちょうどいいチェーンがあった」
「バカな。なぜバラ寿司を食わん。なにしにきた」
なにしにきた、っていわれても。思わず噴きだす。坂口は神経質そうな表情をまゆひとつすら動かさない。どうやら真剣に言っているようだ。
「で、なにしにきた」
「広島にいくぞ」
「広島に? いまからか。なぜ」
「お前が教えろと言ったんだろう。290日ぶりの休みを使ってやるんだ。時間を無駄にさせるな」
「おいおい、話が見えんぞ。協力しないんじゃなかったのか」
「協力しないとは言っていない」
「もしかしてお前……悪いと思ったのか?」
「遊びなら帰るぞ」
言われたくないことを言われたのか、坂口はくるりと背を向けるとつかつかと歩きだしてしまった。
「荷物くらい取りにいかせろよ」
坂口は歩を止めない。本当に帰るつもりか。よくわからんやつだ。
「早くしろ。タクシーを待たせてる」
――それはタクシー乗り場で待っている、という意味か?
「まったく、本当によくわからんやつだ」
呆れてつぶやきながら、エレベーターのボタンを押した。
「それにしてもわざわざ広島までいかなければならないのはなぜだ」
新幹線の通路側の席を自ら選んだ坂口は難しい顔で研究資料を読んでいる。もっと普通の顔ができないのかと思ったが、本人からすればこれが普通の顔なのかもしれない。
「広島まで行かなくてはいけない。どんなものでも実証実験はいるだろう。こういう場合でも現場に行くことは非常に有意義なことなのだ」
なのだ、ってお前。少しずつ坂口のキャラに慣れてきた。そのせいか数時間前よりも寛大な心で彼と接することができている。
「事件の件はあきらめたのか」
「教えてくれ」
「教えない」
チッ、と舌打ちをしさらに眉の角度が鋭利になった。あわよくば俺が追っている事件のことを知ろうとしているのは変わらないらしい。
だが仕事を中座してでも俺と共に広島に行くというのはやはり坂口は俺に悪いと思っているのだろうか。
まあ、広島にある大城の家に行くだけでも俺に取っちゃ収穫だ。
心の中でつぶやく。恐らく俺の予想は当たっている。
わざわざ広島に行き、『現場』と呼んでいるのだ。大城の家で間違いがないだろう。
広島に着いたのはもう19時も過ぎた頃で、すっかり夜が落ちていた。
駅でタクシーに乗り込み、坂口が行き先を告げると運転手は驚いた顔で訊き返した。
「いい。金は払うから黙って行け。厭なら後ろのタクシーに乗るぞ」
「いえ、ご乗車ありがとうございます」
土地鑑のない俺はそこがどこなのか全く見当がつかなかった。ただタクシーの運転手の反応から、ここから相当に遠いところだということだけはわかった。
「お前の知らない、闇というやつを教えてやろう」
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