【夜葬】 病の章 -55-
いいじゃないか、面白い。
鉄二が思っていた以上に窪田という男は一筋縄でいく人間ではなかった。
地蔵還りやどんぶりさん、喋る顔の話をしても窪田は鉄二を蔑むどころか余計に好奇心に火を点けてしまったようだ。
全てを話し終えた直後に窪田が言った言葉がそれを象徴していた。
「それにしても舟越ゆゆねぇ。確かにあの女は不気味だ。船乗りの連中はみんな不気味だがね、それでもあれは他の連中とは違う。魔性の魅力を持っているね」
「魅力? 怪しさの間違いだろう」
「なにを言ってんだ黒川さん。あれほど興味深い女はいるかい。いや、正直今の今までそんな風には思っていなかったがね。あんたの話を聞いて俄然興味を誘ったよ。それにあそこにいる赤ん坊が例の【地蔵還り】だって? 面白いじゃないか」
鉄二は窪田の調子に呆れた。
どこまで本気で言っているのかは全く見えないが、それでもこの男が自分の得のために興味を示していることは鉄二にもわかった。
しかし、予想外だとはいえ窪田が村特有の怪異に興味を示してしまっては元も子もない。
そうそうと崩れた思惑に鉄二は内心、頭を抱えた。
このままだともっと状況は悪化してしまう。【どんぶりさん】を掘り起こして、どんな恐ろしいことが起こるかわからない。
「それにしても年を取らない赤ん坊……ねえ。一度お目にかかりたいもんだ」
とっぷりと煙草の煙を吐きだす窪田の横顔を見る。
――そうだ。ここは滅多に誰も通らない山道。今ここでこの男を殺して、そして俺ももう村に戻らなければすべて丸く収まるんじゃないか。
魔が差した。
咄嗟に凶器になりそうなものを探す。
石、尖った枝、落ちたら自力で戻れない崖――。
死に至らしめるものはそこら中にある。だがどれも確実に殺せるかと言えば疑問だ。
やるならせめてもっと切り立った崖。できれば岩場がいい。
それならば確実に窪田を殺すことができるだろう。
だがその場合、かなりの確率で窪田の死体は発見されてしまう。
ならばどこだ。
――川か。川に流してしまえばいい。
殺して後で埋めることも考えたが、今から暗くなるというのにそれは難しい。それに窪田自身が【地蔵還り】になってしまってはそれこそ事態は悪化の一途をたどるだろう。
「なにかよからぬことを考えているかい」
「よからぬこと? な、なにを突拍子もない……」
窪田は鉄二の考えを見透かしているような言葉で思考を遮った。
ゆゆといい、窪田といい、タイプは全く違えど鉄二にとっては畏怖さえ感じるほどに勘が鋭い。
鉄二は窪田を殺そうと考えていた事だけは悟られてはならぬと、無理に笑みを作ろうとした。
「ははは、黒川さんはわかりやすい人だ。村のみんなはあんたがなにを考えているかわからんというがね、なんのことはない。親しくなればあんたほどわかりやすい人はいないよ」
いつかゆゆにも似たことを言われた気がする。
井戸の底を覗き込むように、自分の思考を直接見られているようで鉄二に強い嫌悪感が走った。
「安心してくれよ、黒川さん。悪いようにはしない。ただね、俺はあんたの話を聞いていてひとつ思ったことがある。要はあんたの行動を監視しているのって、舟越ゆゆなんだろう? 裏を返せばそれをどうにかすりゃあんたの恐怖は消えるわけだ」
「恐怖だと? 俺がゆゆを怖れていると言っているのか。そんなバカなことが!」
「そら、それだ。あんたは今、舟越ゆゆの話をしてムキになっている。これは俺が墓を暴こうと言った時と同じ怒り方だ。わかるかい? あんたは自分でも気づいていない」
「……なにがいいたい」
「黒川さん、あんたが恐れているのはね村の風習でも死んで生き返る化け物でもない。それらの恐怖をすべて知っている舟越ゆゆを怖れているんだ。……おっと、少し違うな。舟越ゆゆをまんま“村の象徴”として見ている。あんたが本当に恐れているのは、鈍振村そのものなんじゃないのかい?」
窪田の話を聞いていた鉄二はぶるぶると全身に震えが襲った。
そして“鉄二が恐れているのは鈍振村そのものだ”と指摘された直後に猛烈な吐き気に、胃の中のものをその場ですべて吐いてしまった。
鉄二の中で、赩飯をはじめて食った日のこと、美郷が地蔵還りになった日のこと、元が死んだ夜、戦争で散り散りになったあの時代のこと、夜葬を廃れさせた時のこと、ゆゆのこと、赤ん坊のこと、船坂のこと、自分が殺した子供のこと――。
それらが一瞬にしてよみがえり、耐えきれず毒を吐きだしたのだ。
「ごほっ! げほっげほっ!」
涙と嘔吐物の混じった鼻水で息苦しく咳き込む鉄二のそばに、窪田が静かに寄り添った。
「大丈夫さ。あんたの恐怖は全部、この俺が消してやる」
自分と同じ年頃の男の声が鉄二の身体に染み渡る。
その言葉が持つ不思議な力強さに鉄二は傾倒していくのがわかった。
まるで亡き父親・元のようだ。
あの夜から鉄二はひとりきりだった。ひとりきりになった鉄二は人を求め、山を下りた。
そして決して自分をひとりにしない存在である子供を手に入れたはずなのに、それさえも恐ろしくて自らの手で殺してしまった。
逃げるようにして戻った鈍振村で、殺したのに生きている赤ん坊がいた。
――あれは、俺の子だ。俺が殺した子。
収まらない吐き気と朦朧とする意識の中、【地蔵還り】の子と自分が殺した赤ん坊が重なる。実感として我が子という意識が唐突に沸きだしてきた。
そしてすぐにその感情がひとつの結論をだした。奇しくもそれは、次に窪田が言ったのと同じ言葉だったのだ。
「あの赤ん坊を殺そう」
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