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【夜葬】 病の章 -10-

公開日: : 最終更新日:2017/01/10 ショート連載, 夜葬 病の章



 

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一年前に公布された国民総動員法によって、戦争に向けて必要なものは国家が統制運用することになった。

 

 

物資や人が連日のように国に持ち去られ、日本は山から人間を除く妖怪のようにぶくぶくと大きくなっていく。

 

 

日本が活躍すればこそ、と誰も不満を口にすることはなかったがその肚では何を考えているか分からない。

 

 

どうせ、本気で国を応援している奴なんて早々いない――。

 

 

この時代の日本に於いて、ごく少数派の思想を持っていることを元は自覚していなかった。

 

 

幸い彼には親しい人間がいない。

 

 

それだから誰にそんな愚痴をこぼすこともなかったが、もしも外でそんなことを口に出したらどうなっていただろう。

 

 

拙い教養しか持たない元にはその想像すらもできない。

 

 

ただ生きていくことに必死だった。

 

 

その必死さだけで、こんな辺鄙な集落までやってきたのだ。

 

 

「ここがお前が生まれ育った村かよ。小夏」

 

 

屋敷の外に広がる村の景色を見渡し、元は亡き妻に語りかける。

 

 

 

 

 

人見知りが祟って、町では極端に友人・知人は少なかった彼が最初に声をかけたのが小夏だった。

 

 

「どこかお探しですかい」

 

 

慣れない景色に右往左往していた小夏は、元の声に驚いたがすぐに顔を見て胸を撫でおろす。

 

 

「よかったぁ」

 

 

「よかった? なにが」

 

 

小夏は美人なタイプではなかったが、愛嬌のある可愛らしい女だった。

 

 

ぷくりと膨らんだ頬がおかめのようで、やや丸い輪郭もこの辺の女性とは違う印象を持っている。

 

 

だがそれよりも元が小夏を見て印象に残したのが瞳。

 

 

人を疑わない純粋な目だ。

 

 

「道に迷ってしまって、どこにどう行ったらいいやら分からなくなってしまったんですぅ」

 

 

「だったら誰かに訊ねればよかったじゃないかね。ほれ、ここは人なんぞいくらでも往来している」

 

 

真っ白な真珠のような白と、光沢を含んだ高級な碁石の黒。

 

 

はっきりとした目に心を奪われかけつつ、元はなんとかそう答えてやった。

 

 

「誰かに訊ねるのはなんだか負けた気がして。うちの悪い癖なんです。なんというか、町の人間には頼りたくないというか」

 

 

「ほう? あんたはこの辺の人じゃないのか」

 

 

「ええ」

 

 

照れくさそうに軽くうつむきながら、小夏は那須岳の方角を指差した。

 

 

「なるほど。じゃあ、まあ気持ちは分からんでもないがね」

 

 

元は不思議だった。

 

 

人見知りで他人と話すことも億劫な自分が、なぜこの場に於いては小夏に話かけたのか。

 

 

だが話してみてその理由がほんのわずかにだが分かった気がした。

 

 

他人を信用していない。

 

 

その点では自分たちは同じタイプなのだ、と。

 

 

きっとそれを自分は無意識に察知した。そう思いたどり着くと疑うことはしなかった。

 

 

「俺が案内してやるさ。どこに行きたいんだ」

 

 

「教えてくれるんですか。やったぁ!」

 

 

素直に喜んでみせる小夏の姿に目を奪われ、それから元は小夏に会うようになった。

 

 

 

 

 

「村のことはいいじゃない」

 

 

結婚したのは、小夏の体に鉄二を身ごもったからだ。

 

 

単身栃木で暮らす元には家族がない。だから、自分のところはいいが、小夏の家族には挨拶にいかねばならないと提案した時に小夏が答えた言葉だった。

 

 

「私はもう村の人間じゃないし、帰ったところで村を出たことを責められるだけ。それにあんな気味の悪いところ、戻りたくない」

 

 

「気味の悪いところなんて、そんなこと言うもんじゃないだろ。俺が持っているものなんてなにもないが、せめて小夏の親にくらい……」

 

 

「いらない。あんまりしつこく言うなら、この子産まんでもいいんよ!」

 

 

身ごもった子供を堕胎するなど許されなかった時代。

 

 

いくら近所づきあいの薄い元であっても、世間体があった。

 

 

自由恋愛の方が珍しい時代に、婚姻よりも先に子供を身ごもったというだけでも白い目を向けられている。

 

 

これ以上堕ちるわけにはいかなかった。

 

 

「わかった。わかったよ」

 

 

実際のところ、元としては小夏の主張はありがたかった。

 

 

自分は夫として当然のことをしなければいけないと構えていた。だが、彼は人付き合いが苦手で人と話すことも嫌いだ。

 

 

上辺だけの会話ならばそつなくこなすことができるが、小夏の家族に挨拶をするとなれば上辺だけの会話など続くわけもない。

 

 

考えれば考えるほど不安なことしかなかった。

 

 

だから元は、小夏の主張を甘んじて受け入れるほかなかったのだ。

 

 

 

 

 

「いい村じゃないか。一体なにが気に入らなかったんだ」

 

 

思い出の中で小夏と再会し終えた元は、空の雲の上で寝転んでいる彼女に話しかけた。

 

 

「父ちゃん、行こうよ」

 

 

鉄二に手を引かれ俯瞰すると、幼い我が子と目が合った。

 

 

見れば見るほど、特に目元が小夏にそっくりだ。

 

 

真珠の白と、碁石の黒。

 

 

「盤上で喩えるなら、どっちも碁石でいいのにな」

 

 

「え?」

 

 

ふふ、と鼻で笑う元は「なんでもない」とだけ鉄二に言うと小夏の家へと向かった。

 

 

昨日は血の味のする妙な赤い飯を食わされたが、それを除けばのどかないい村だった。

 

 

一般的な集落としては面積は狭いほうではあるが、小さくとも学校もあるし丘の上には神社もある。

 

 

どの家からも生活の匂いがするし、村人も農作業に忙しそうだ。

 

 

昨日はここへ到着した時間が時間だっただけにひと気が少なかっただけだろう。

 

 

「……ん」

 

 

道を歩いている数人の子供が木々や家屋の陰からこちらを窺っていた。

 

 

鉄二もそれに気づき、キョロキョロとしている。

 

 

「お前が気になるんだな。家に荷物を置いたら遊んでいいぞ」

 

 

「ほんとに?」

 

 

鉄二の表情が明るくなった。

 

 

息子の笑顔に元は思わず顔を綻ばせる。

 

 

-11-へつづく

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