【連載】めろん。95
・破天荒 32歳 フリーライター㉒
住人たちがいなくなったわけではなかった。
さきほどまでと変わらず道のあちこちにいる……が、違っているのはみんな一様に立ち止まっているということだった。
そしてその誰もが手元の光るものを見ている。
あれは――携帯電話か?
烈しく打つ動悸を押えながら息を殺して様子を窺った。誰も私を捜している素振りは見せないし、それどころか音に気付いてすらいないようだ。
あんなにもはっきりと『ピローン』と……
「あっ……」
唐突に何が起こったのかを理解した。
あの通知音は、私のだけが鳴ったのではなく、立ち止まっている住人たち全員の携帯電話が鳴ったのだ。だから同じタイミングで彼らは携帯電話の画面に釘付けになっている。
一体なんの通知がきたのか気になり、握った携帯電話に目を落としかけたその時。
住人のひとりがくるりと方向を変え、歩き去っていく。そうかと思えば、またひとり、さらにもうひとり、とつぎつぎと行き先を変えていった。
彼らはやはり同じ方向に歩いている。
結果的に私のもとからずんずんと離れていくこととなり、やがて静寂が辺りを染めた。
「なにかあったのかな……」
ひとりつぶやきながら誰もいなくなった道を呆然と眺めた。
すこししてハッと我に返り、手に持った携帯電話を開く。画面には『緊急通知』と不安を煽る赤字のボックスが表示されていた。
ボタンを押して『緊急通知』の内容を確かめてみる。
『緊急 侵入者の居場所がわかりました』
そのタイトルに思わず息を呑み固まってしまう。落ち着いてカーソルをスクロールし、内容を読み進めてゆく。
『先ほど発信した4人の侵入者ですが、現在潜伏している場所を特定しました。このメッセージ下部に地図を添付していますのでこれを参考に向かってください。生きたまま確保が望ましいですが、厳密な生死にはこだわりません。できるだけ早急な対応をよろしくお願いいたします。特に協力的な住民の方には当施設から外へ移転するための相談を受けることとします』
「居場所を特定? なに言ってんのよ、私はここにいるし坂口は――」
愚痴りながらスクロールした下部の地図を見た瞬間、心臓が止まった。
その場所は……星野姉妹が留守を守っている住宅を指していたのだ。
「檸檬!」
血の気が引くのを感じながら私は駆け出した。
同時にどうして住人たちがこぞって同じ方向へ踵を返したのか、その理由も理解した。この地図の家に向かったのだ。そこに私たちがいると信じて。
「冗談じゃない……冗談じゃないわよ!」
最低限住人の視界に入らないようにしながら、それでも近くを通れば充分騒々しいだろう有様で走った。見つかるわけにはいかないが、住人たちに先を越されるわけにはもっといかない。
もしも自分以外の誰かがあの家に行ったら。
もしも檸檬がなにも知らずに開けたら。
その時点でなにもかもが終わりだ。
これまでの緊張と恐怖はすべて吹き飛んだ。今はとにかく檸檬たちのもとに駆け付けなければならない。足が千切れてもいい、一分でも……一秒でもはやく……
がむしゃらに走りながらふと坂口の言葉が頭によぎる。『銃弾はあと二発』。
一発は理沙、一発は檸檬。
「なに考えてるのよ私は! バカじゃないの!」
そんなわけはない。坂口は理沙を……星野姉妹を救うために協力してくれたのだ。死は救済、というのは実に坂口らしいといえば坂口らしいが、そんなことは絶対にない……と思いたい。
そもそも、銃弾が二発というのは偶然そうなっただけだ。全弾撃ち切らないうちに磯崎を昏倒させた。ここに坂口の意思が入っていたはずがない。
脳に酸素が足りていない。考えがまとまらず、焦りだけが募り、呼応するように体が消耗し間接が軋むように痛い。やがてなにも考えられないようになり、意識はただひとつ。〝一刻も早く檸檬のところへ〟だけになった。
「見つけたら殺せ! 子供だろうとめろんに感染したら終わりだ!」
「なんでうちの子が死んで、この子たちが生きてるの!」
家に近づくにつれ、住人の怒声が耳に突き刺さってくる。あれはまともじゃない。正気を失った言葉だ。大人が子供を殺すなんてなにがどうであっても間違っている。
どこの世界に子供を殺す大人が――
酸素の足りない頭の中に、矢で射貫かれたかのように突然ひとつの言葉が現れた。
【鬼子村】
鬼子村の大人たちは幼い鬼子を殺して、食った……
坂口は『鬼子村で起こったなにかを再現しようとしているのではないか』と推察していた。
その「なにか」とは……まさか……
「ここで鬼子村で起こった子殺しを再現しようとしている」
最終的に鬼子村では、鬼子に大人が食われ、それを直接の起因源とし、村を焼いた。鬼子のみを残し。村ごと蒸し焼きにしたのだ。
チリッ、と頬に熱を感じ目線を上げた。
真っ暗だった空がぼんやりとオレンジ色に染まり、キラキラした光が舞い上がっている。遅れて焼け焦げた臭いが鼻の奥を鈍く撫でる。
あれは……檸檬たちがいる家の方角だ。
あの方角で、家が燃えている。
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