【連載】めろん。18
・破天荒 32歳 フリーライター
ヴォイニッチ手稿をご存じだろうか。
一九一二年にイタリアで発見された古文書で、どこの誰がいつなんのために残したのか、出所不明の手稿である。
大きさは縦23.5㎝、幅16.2㎝、厚みは5㎝ある。実に240ページにも及ぶ羊皮紙でできた手書きの文書は、発見者のウィリフリッド・ヴォイニッチにちなみ「ヴォイニッチ手稿」と呼ばれている。
ほとんどのページに生物や植物の彩色したイラストが描かれており、文章に使われている言語、文字は未知のものだった。多くの研究者や学者が解読を試みたが現在まで解読に至っていない。
文章が未解読とあって、イラストに対し様々な考察がなされた。
植物と生物のものが大半を占めていたが、中には天体図に思えるものや精子を模したかのようなもの、かと思えば配管に近い人工物のようなものもあった。ヴォイニッチ手稿を「天文書だ」と唱えるものも現れ、一方で「哲学書」だと詠うものも現れた。
不可解な書物に関わる人々は惑わされ、次々と主張が飛び交った。
当然、これが「巧妙ないたずらである」という者も少なからずいた。だが言語学者が解読できなまでも言語の統計的手法で解析した結果、これらはデタラメな文字列ではないことが判明する。意味はわからずとも確かな意味をもった言葉の連続であり、文章列である、と。
しかし、唯一の手がかりであるイラストに描かれている植物や一部生物(人間と思われる絵もある)に関して、それらは実在のものではなく架空のものであることがわかっている。空想の書物だと主張する者もいる一方で、これを未知の世界の住人が描いたものだと主張する者も現れた。荒唐無稽さでは大差ないが、それでも「ヴォイニッチ手稿」がこうして確かに存在することからどちらの主張も絵空事と一笑に付せない事情もあった。
現在までにわかっていることは、ヴォイニッチ手稿は一四〇〇年代に書かれたものであるということ。作者については諸説あり、筆者はどちらの説も支持できないので割愛する。
不可解なこの古文書は時を経て、物好きな現代人から熱視線を浴びることとなった。
いわゆる「オカルトマニア」である。
未確認生命体、未確認飛行物体、未確認建造物etc……果ては幽霊や呪術に至るもの好きで退屈を嫌う現代人のマニアたちが、ヴォイニッチ手稿の存在に大きく喜んだ。
「彼ら」はとにかく未解明のものが好きだ。
世界各地に存在する未解明な事象、物体。例えばアメリカカリフォルニア州デスバレー公園のムービングストーン。巨大な石がひとりでに移動するというものだ。アメリカにはニューメキシコ州サンタフェには、支柱のない奇跡の構造をもつ螺旋階段「聖ヨゼフの階段」がある。現代の技術では建築不可能と言われている構造の螺旋階段だが、不可解なのはそれだけではない。ふらっと現れた自称大工の男が一晩でそれを作ったというのだ。その男はふらっと現れ、一晩でそれを作り、ふらっと消えて行方知れずだという。
ファフロツキーズはどうだろう。日本では「怪雨(かいう)」とも呼ばれる。
雨や雪、雹や黄砂というものを除く、「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象。一八六一年、シンガポールでは空から大量の魚が降った。一八九〇年、イタリアでは血の雨が降り、一九〇一年のアメリカの空からは夥しい蛙の雨が降ったという。
雨かと思い、空を見上げて蛙や魚が降ってきた時の恐怖と驚きは計り知れないが、想像するとなんだか笑ってしまう怪異である。
未解明の言語といえば、日本語の起源についてもわかっていないことが多いと聞く。専門家ではないのでこれについては名言を避けるが、都市伝説レベルの与太話だと捉えてもらってもかまわない。
挙げればキリがなくなるのでこのあたりにしておくが、とにかく世界は「未解明」……つまり、わかっていないことのほうが多いのだ。遠い昔、科学は魔法だと呼ばれた。魔法を操るのは魔法使いであり、罪人だとされ殺された。
科学こそ真実と信じる現代人は言い換えればオカルト教に妄信する信者と変わらない。科学こそすべて。科学で解明できないことなどない……という驕りが、我々の目をくらましているのではないだろうか。
現在の技術をもってしても再現できない技術を、「ロストテクノロジー」と呼ぶ。近代のものから古代のものまでピンからキリまであるが、科学や技術が発展した現代でも過去のものが再現できないというはどうにも皮肉であるが、これも立派なオカルトである。
そうして考えてみると案外、海底に沈むムー帝国の文明力が現代を凌駕するものであったというのも眉唾物ではないのかもしれない。
だが忘れてはならないことがひとつだけある。人類の最大の謎は、我々ひとりひとりがもっとも身近に持っているということを。
そう、魂の起源である。私たちはどこから来て、どこへ向かうのだろうか。それはひとまず、死んでみないとわからない。死ぬのにはまだ勿体ないので、これについての研究は寿命をまっとうしてからにしようと筆者は思うのであった。(文・破天荒)
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