嗤う旅山梨・奇病との百年記!蛍の消えた里 杉浦醫院 その2

■おそれ沼
杉浦醫院の二階の座敷は学習室としても開放されており、関連図書や映像資料などを閲覧することもできます。白土三平のカムイ外伝にも登場しており、コミックが棚に並んでいました。
このことから、風土病・地方病としての日本住血吸虫症がそれほど昔から周知されていたことがわかります。
日清戦争前の徴兵検査において、山梨県の甲府盆地出身の若者たちが重篤な発育障害を及ぼしていることが明るみになり、国はこのことを重大に捉えました。
異常に身長が低く、腹水で膨れた腹、痩せた手足に蒼白の顔面。軍医でなくとも彼らが戦力として数えられないのは明白です。
兵士として使えない若者の集団は大問題でした。
そうして地方病対策に本腰が入れられることになったのです。
それまでまったく原因不明だった地方病の感染経路とは一体どのようなものだったのでしょうか。
地域に分布されていることわざや迷信、患者が集中しているのが笛吹川支流の水路に沿っていることから、研究者たちは川や水が関係しているのではないかと推測します。
しかし、それでも原因の特定には至らず、また袋小路に迷い込みました。




■病理解剖
病原を特定するには、患者の体を調べるほかありません。
しかし、生きている者は手術をする体力がなく、あったとしても理解が得られない。
明治のこの頃、手術という医療技術はまだまだ一般に広く認知されていませんでした。
生きたまま腹に刃物を入れ、体を開くというのは考えられないことだったのです。
そういった理解の外の技術なので、体を調べさせてくれるという患者は皆無。
それどころか、病理解剖についての理解も皆無でした。
仏さまの体を開いていじくりまわすなんて、罰当たりどころの話ではなかったわけです。
しかし、このことが原因究明に強く急ブレーキを踏ませました。
感染経路はおろか、どうしてこんな症状に至るのかというプロセスすらわからないままです。
ところが明治30年、とある患者が献体を申し出てきました。
彼女の名は『杉山なか』。
本人も地方病の末期患者でした。
甲州の民ばかりが地方病に悩まされ、苦しみ、死んでいく現状に嘆き、そして自分もまたそんな地方病に冒されているひとりの人間として、自身の死後に献体として解剖してほしいと親族の署名入りで病院に『死体解剖御願』を提出しました。
現在ではなかなか想像できませんが、杉山なかさんの覚悟は相当なものだったのです。
そうして、彼女の遺志をしっかりと受け取り、異例ずくめの病理解剖は行われたのでした。
■地方病の正体とは
『死体解剖御願』を出した六日後、杉山なかさんは亡くなります。
遺言には〝不幸にもこの難病にかかったが、この身を解剖に捧げることで、病因究明の役に立つなら死して本望〟(意訳)と書かれてあり、遺志どおり解剖が行われました。
解剖が行われた盛岩寺には甲府近隣から57名もの医師が駆けつけ、参加したといいます。
杉山なかの覚悟は、長年甲府の人々を苦しめてきた正体をついに突き止めることとなりました。
彼女の遺体から、大型の虫卵が発見されこれが新種の寄生虫であるとのちに判明します。
このことが原因究明に向けて劇的な進展をもたらしたのでした。
地方病・風土病と呼ばれ、人々を恐怖と苦しみの谷底へ突き落したそれの正体は、『寄生虫病』だと断定されたのです。
その後、杉山なかさん以降にも死後解剖が進められ、徐々にその輪郭がはっきりとしていきました。
甲府盆地の地方病ですが、実は人間以外にも家畜の牛や野良犬などの動物にも同じ症状が出ていることが確認されています。
これまでの研究から、患者の糞便から虫卵が発見されていましたが肝心の寄生虫本体がみつかりませんでした。同じように、人間以外の動物から排泄される糞便にも同様に多数の虫卵が見つかります。
このことから宿主の体内に寄生虫本体が常駐しているのではと考え、感染している猫を解剖すると体内からついに本体が発見されました。
この虫はのちに『日本住血吸虫』と名付けられることとなります。

■日本住血吸虫という新種
日本住血吸虫は、肝門脈の中で赤血球を養分とし、オスとメスが結合(交配)した状態で寄生します。そしてそのまま血中で産卵し、血流に乗って肝臓に蓄積し続けることで肝硬変を引き起こすことがわかりました。
糞便から虫卵が発見された理由は、腸管近くで卵が周囲の腸壁を溶かしそのまま腸内に落ちるからだということも合わせて判明。
これで患者がどうしてこのような症状に至るのかというメカニズムが解明されたことになります。
これは大きな前進に他なりませんでした。
しかし、病気の正体はわかったものの、最も深刻であることがわかっていません。
感染経路です。
川や水が原因らしい、病の正体は寄生虫らしい、ということがわかったので、家畜や野良犬・猫の糞尿が水路や田んぼの水に混じり寄生虫が放たれたのだろうという仮説は立ちます。
そのため、川に入ると感染する……そこまでは確かでした。
ですが、寄生虫はどのようにして体内に入ったのでしょう。考えられるのは経口か、もしくは尿道や肛門、目、鼻、耳などの穴からか。
どれも確かではありますが、それだけでは考えられないほどの人間が地方病を発症させています。
研究者たちはさらなる難問にぶつかりました。

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