【連載】めろん。104
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・破天荒 32歳 フリーライター㉙
「共食い鬼?」
「ええ。よほどの新入りならもしかするとまだかもしれませんが、ここの住民はね知らずに一度は食べてるんですよ。ここの肉を」
ここの肉を、と言われてこれがなんの肉か連想する。「まさか」が「もしかして」を凌駕し、より確信させていく。
「日常的に人の肉を食わせておけば発症しない、とでも思っているのでしょうかねー……。結果的にそうはならなかった」
弘原海は力なく笑いながらその理由を「発症者の肉だからかな?」と推測した。その横で私はみるみる体温が奪われていく感覚に囚われていた。
人肉を並べて食わせていた? それを知らされず、住民は人間の……もしかして知人かもしれない肉を調理し、ソースをたっぷりつけて咀嚼し飲み下した?
反射的に飛び退いた。弘原海が人肉食いだと思った瞬間、拒絶反応が出たのだ。
「あ、あの……私は!」
血の気が引き頭が真っ白になりながら、自分がとった行動の人間味のなさに涙が出た。弘原海は知らなかった。知らずにひとの肉を食った。彼は悪くない……わかっている。
わかっているのに、体は弘原海を拒んだ。
「あー……いいんです。誰だって……そんな反応になりますから」
「ごめんなさい……ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ」
涙が止まらない。自分自身への絶望だった。こんなにも私は、誰かを差別しているのか。自分の中にある非道さに吐き気がしてくる。
これだけ自分に絶望していても、体は弘原海から逃げようとしている。
「だからね、これは罪滅ぼしなんです。人喰いの、せめてもの」
弘原海の悲しそうな眼を見てもなお、体は動かない。まるでバケモノを前にしているような気持ちに私自身も悲しい。同時に如何にめろんを恐ろしく思っていたのか、改めて痛感した。私は、病や呪いであったとしても人を食う人間が怖ろしい。どうしようもなくおぞましいのだ。
その抗いがたい嫌悪感が私の身体を縛り、硬直させる。
人を襲って殺して食ったわけじゃない。騙されただけだ。わかっていてもダメだった。
「えー……すみません。怖がらせてしまいましたね、安心してください。ここからは私が」
ガタッ
突然の物音に凍り付いた。弘原海もぴたりと会話を止めた。
ガタタッ
間違いなく自分たち以外の音だ。ここまで誰もいなかったことが不審なくらいだったが、いざ第三者の存在がわかると心臓が跳ね上がる。
咄嗟に弘原海を見れば様子を窺いながら人差し指を唇に立てている。この緊迫感のおかげで弘原海に対して強張った硬直は解けた。ひとまず事態に備えなければならない。
『めろん』
『めろん、めろん』
跳びあがって逃げだしたい衝動を抑えるのに大変だった。
ふたつの声、すくなくともふたりいる。そしてふたりとも『めろん』としか発言していない……つまり、あの見えない奥にいるのはめろん発症者だ。
それもさっき私がいた、あの人肉調理場のほうから聞こえる。
「出口はあの声がするそばにあります」
小声で弘原海に伝えた。弘原海は様子を窺いながらちいさくうなずく。第一印象で出口っぽい扉があり、そっちではないと付け加えたかったがそんな状況ではなかった。
『めろん……めろん?』
『めろぉん』
会話しているのか。いや、あれで会話が成立しているのだろうか。傍から聞くぶんにはふざけあっているようにしか思えない。だがこちらの気も知らず奥のふたりはめろんめろんと意味不明のやりとりを続けた。
こっちに来るとまずい。
音を立てないように弘原海と私は精肉部の作業場の物陰に隠れた。
こつ、こつ、と足音が近づいてくる。
まずいこっちに近づいてきている。
だがここに入ってくるかどうかはわからない。息を殺してやり過ごすしかない。
『めろん?』
足音が精肉部の前で止まった。呼吸をするのを忘れ、ただ固まる。最初からここに置いてある台であるかのように、気配を消しそこに佇むイメージで。
こつ、
足音がひとつ、作業場の中に入ってきた。万事休すか、弘原海の様子を確かめたいがまばたきするのでさえ怖い。
『めぇろ~ん』
こつ、こつ、と二歩。私とめろんとは至近距離にある。これでは見つかるの時間の問題――
『めろん』
通路のほうからもうひとりのめろんの声がした。
『めろん……』
その声に呼応して中に入ってきためろんが通路へと戻っていく。
た、助かった――
『めろん?』
しまった、と思った。安堵した瞬間、気配が戻ったのだ。おそらく、気配だけではなく、息を吐くのが聞こえたに違いない。
今度はしっかりとした足踏みでめろんは中に入ってきた。
そして、左、右、と見回したかと思うとぴたりと動きを止める。
『めぇろ~~ん』
甘い声だった。おそるおそる振り返った私は生きた心地がしなかった。
「ひっ……」
思い切り、目が合った。
私を見下ろしていたのは、ごく普通の男。50代前半くらいで微笑髭を生やしたメガネ姿だった。ただひとつ異質だったのは手に鎌のようなものを持ち、それを振り上げ――
「めろんっ!」
温かい血を体に浴びた。男の鎌が振り下ろされたのだ。
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