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【夜葬】 病の章 -40-

公開日: : 最終更新日:2017/09/05 ショート連載, 夜葬 病の章

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なにかがおかしい――。

 

 

鉄二の中でその感覚は日増しに強くなっていった。

 

 

村が新しい潮流を受け入れたことで起きた変化については納得ができる。

 

 

だが村人の変化は一体どこからか分からなかった。

 

 

先日の川での一件でもそうだ。

 

 

ゆゆはあんなに異常な行動をとるような女ではなかった。

 

 

――いや、俺がゆゆという人物像を勝手に作り上げていただけなのかもしれない。もしかしたらゆゆは昔から……。

 

 

そのように思い返そうとすると、鉄二の脳裏には幼き日を共に過ごしてきたゆゆの姿がいっぱいに廻る。

 

 

確かに虫や魚、動物などを無慈悲に殺すことはあった。

 

 

だが虫を殺すことなど子供ならば誰であれ経験のあることだったし、正気を疑うほど大量に、無意味に殺していたような記憶はない。

 

 

魚や動物に関してはさらに理由は明白だった。

 

 

単純に食べるためのもの。害獣として殺したもの。

 

 

それ以外の理由で、それこそ無差別に殺すようなことはあり得ない。

 

 

しかしそれも鉄二の中で、良き思い出のひとつとして改竄したものなのかもしれない。

 

 

自分自身の記憶に嘘がないよう、鉄二は再び慎重に考え耽るも、やはりゆゆに異常な側面があったように思えなかった。

 

 

もし、ゆゆを変えてしまった理由に心当たりがあるとするならば。

 

 

――……目を逸らせない、か。

 

 

そう。心当たりがするのならば、それは鉄二。自分自身が原因だ。

 

 

今更ゆゆに対し……いや、最初から鉄二にはゆゆに対して恋慕の情はない。

 

 

それゆえ、彼女に対して贖罪の意は持っていなかった。

 

 

ただ、鉄二にとって都合の良かった『安全な女』だったゆゆが、『何を考えているか分からない得体の知れない女』になってしまったことだけには悔いを感じた。

 

 

だが、問題はゆゆのことだけに留まらない。

 

 

道夫を始めとした、村人にもどこかこれまでと違う変化を感じていたのだ。

 

 

舟越伊三。舟谷厳。舟尾道夫。木舟時子。船坂ゆゆ――いや、今は舟越ゆゆ。

 

 

鉄二が子供の頃に遊んでいた者たち。

 

 

伊三は死んだらしいが、そのほかの仲間は生きてこの村に定住している。

 

 

老人たちはみんな死んでしまったが、ゆゆの父親である船坂や吉蔵、松代などの鉄二らの親世代は戦争で少なくなったとはいえ健在だ。

 

 

昔でいう元や船坂達の世代が鉄二らの世代になり、船頭たち老人の世代が船坂たちにバトンタッチしていた。

 

 

そんな抗えない世代交代の波の中、村の存続のために受け入れた外からの人間。

 

 

それで村に変革が訪れたのは理解ができる。

 

 

だがそれだけでは説明できない変化が、元々の村民たちにあるように思えたのだ。

 

 

例えば、道夫だ。

 

 

道夫は子供のころから活発で、明瞭な性格だった。

 

 

大人になった今でもあの頃の面影がはっきりと輪郭を残し、精悍な男に成長していた。

 

 

しかしそれは外見だけの話だ。

 

 

平気で夜、出歩くようになった鈍振村だったが、それでも用もないのに外を出歩くことは少ない。

 

 

電気もまともに通っていないような山の中、誰かの家を訪ねたりでもしない限り夜は出ない。

 

 

これはなにも鈍振村に限った話ではなく、一般論として、だ。

 

 

それなのに鉄二は、幾度となく夜道をうろうろとしている道夫の姿を見た。

 

 

最初の一、二度は特に気にも留めなかったが、道夫は頻繁に夜、出歩いていた。

 

 

それもひとり、覚束ない足取りで……である。

 

 

他人に見つかりたくないのか、灯りも持たずただふらふら辺りを歩いている。

 

 

遠目ながらその様子まではわからないが、どこか生気を持たないような感じを受けた。

 

 

他には舟尾巌もそうだ。

 

 

彼に関しては性格の変化が目立った。

 

 

道夫ほどではないにせよ、彼も活発で好奇心旺盛なタイプの男だった。

 

 

やや自己中心的で、自分が輪の中心でないと機嫌を損ねる。

 

 

そのくせ慎重な口ぶりで相手の出方を窺うような、大げさな言い方をすれば狡猾そうな印象もあった。

 

 

そんな巌は、いつもにこにこと朗らかな笑みを浮かべ、無口な大人になっていた。

 

 

いつからそうだったのかはわからない。

 

 

鉄二もそれほど親しくはしていなかったからだ。

 

 

だが、単純に『月日が性格を変えた』とはいいがたい出来事があった。

 

 

とある時、のこぎりで木材を切っている巌のそばを鉄二が通ったことがあった。

 

 

知っている顔なので、軽く挨拶をするが一心不乱に木を切っている巌は鉄二の呼びかけに気が付いてない。

 

 

あまりに一所懸命に作業に集中している巌を面白がり、鉄二が様子を覗き込むと――。

 

 

「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! 死ね死ね死ねぇ! ちくしょう!」

 

 

血眼になり、ひん剥いた瞳は濁ったままどこを見ているのかわからなかった。

 

 

よほど近くにいる鉄二の存在にも気づかないほど、彼は恐ろしい形相でごりごりとのこぎりを引いている。

 

 

その様相に鉄二は思わずあとずさってしまった。

 

 

その時に足にぶつけたスコップが地面に落ち、岩にあたった金属音で巌はようやくそばに誰かがいるころに気付いて振り返った。

 

 

鬼のような顔で鉄二を認めると、札を返したように普段の朗らかな表情に戻った。

 

 

「なぁんだ、鉄二かぁ。飯でも食いにきたのか」

 

 

「あ、いや……たまたま通ったんで。すごい勢いっていうか、迫力でのこぎり引くんだな」

 

 

鉄二が引き攣った笑みでそう言うが、巌は無言で木材に目を戻すと再びのこぎりを引き始めた。

 

 

巌の表情は、にこにこしたままでまるでさっきのことの方が嘘だったかのようだった。

 

 

数え始めるとキリがないが、そのほかにも細かな違和感はあった。

 

 

だが鉄二は出来るだけそれらを意識しないよう努め、村人とも積極的に接しないようにした。

 

 

 

鉄二が船坂の家に呼ばれたのは、そんな最中のことだった――。

 

 

 

 

-41-へつづく

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