*

『七回忌』×『カイタン』特別掌編

ミイラ男とキタロー女

曰く付きの場所というものは、なにも廃墟や墓地、トンネル、神社や森ばかりとは限らない。

 人通りが死んだ、寂しい場所……なんてイメージもあるのではないか。

 だがその実、そんなところばかりではないことをミイラ男は厭というほど知っていた。

 目の前に聳え建つ真っ赤なロゴが躍る商業ビルを見上げ、予想される面倒に憂いつつなんとかやる気を奮い立たせようと努める。

「え~! うっそ、ここなの? ちょうどグラボ替えたいな、とか思ってたんだ。確かカスタムPCの店入ってたよね」

「ピカリン、なにしにきたかわかってんすか」

 わかってるって、と金髪のショートカットで首にヘッドフォンをかけ、スカジャンにスカート姿のピカリンは上機嫌な声音で答えた。明らかに浮足立っている。

 ――まあ、珍しくご機嫌なのはいいことなんだけど。

 心の中でつぶやきながら落ち着かない様子のピカリンを横目で見た。

 誰もが振り返るほどの美少女だが、極度の人見知り(というか人嫌い)で道行く人々を手あたり次第睨みつけて歩くので声はかけられたりしない。

「ピカリン!」

 気が付くとピカリンはその場にうずくまり、耳から魂が抜け出ていた。

「しんど~……」

「言わんこっちゃない!」

「いいから早く入ろう。楽になりたい」

 糸の切れたマリオネットのようなピカリンを背負い、ミイラ男はビルの中に入った。

『ビデオマック』

 どこから聞いてもレンタルビデオ店のようにしか思えないが、家電量販店である。赤のいかつい書体でおなじみの関東を中心に展開するチェーン店――だった。

 ちょうど10数年前から業績が傾きはじめ、さらに競合他社の台頭の煽りを受ける形で次々と閉店。かつての威光は鳴りを潜め、いまは風前の灯火……そうなったのもこの大型施設をオープンしてからのことだった。

「ここはえらく繁盛してるんすけどね」

 ピカリンはあ~……と力なく返事をした。

 ことごとく支店を閉店し、業績が縮小したがこのビルだけはいつもにぎわっている。本体の家電フロアは1階から3階で、4階から7階は飲食フロアやショッピングフロア。名だたる人気店が軒を連ねていた。

 一体誰がここを地域最凶の心霊スポットだと思うだろうか。

「もともと江戸時代初期から明治はじめまで処刑場だったって話っすね。ここ自体も何度も不審な火災や事故が起こっている。一見、そんな後ろ暗い歴史とは無縁に見えても関係者の中じゃ有名みたいです。首のない人間が歩いていたり、エレベーターに黒焦げの客が入ってきたり、エピソードには事欠かない。……といってもまあ、俺にはなんも感じないんすけど。ピカリン、どうっすか」

 訊ねながらミイラ男は振り向いた。

「いない!」

 店内に入ってすぐ休憩用のベンチに座らせたはずのピカリンの姿がない。

「うそだろ! 業(瘴気)ムンムンってことかよ!」

 はっ、と周りを見回すと客たちがミイラ男に振り返り、注目を浴びている。どの瞳も幻の珍獣を見るような好奇の色をしている。

「しまった!」

 ミイラ男は顔を手で覆い、逃げるようにしてエスカレーターを駆け上がった。

 顔中を包帯でぐるぐる巻きにした姿。これがミイラ男のミイラ男たる所以だった。

「くっそ! やっぱりバリバリの心霊スポットだったか。ピカリンが元気になるわけだぜ!」

 ピカリンは霊的瘴気の濃いところにいると元気になる特異体質だ。逆に普段は体調も悪く元気もない。彼女が元気かどうかは瘴気のバロメーターにもなっていた。

 さらにいうと元気になったピカリンは無駄にはしゃぐため捕捉するのにひと手間だ。

「わっ」

 二階フロアに駆け上がった拍子に子供とぶつかった。

「ごめん、大丈夫か」

 慌てて尻餅を突いている小学生らしき子供を抱え上げる。子供はミイラ男よりも慌てた声で「ひゃあっ」と悲鳴を上げた。

「は、離して!」

「えっ」

 声を聞いてすぐさま下ろす。真っ黒な髪は顔の半分を隠し、着ている服も上下黒。靴も黒いし下げているカバンも黒い。今からミサでも行くのかというくらい真っ黒ないでたちの、小さな……高校生くらいの少女だった。

「ち、痴漢……」

「いや、待ってくれ! そうじゃなくてぶつかったのは……」

「ぎゃあっ!」

 黒い少女は話の途中でまた悲鳴を上げた。今度はミイラ男の顔に驚いたようだ。

「助け……もご」

 騒がれそうな気配を感じてミイラ男は咄嗟に黒い少女の口を塞ぎ、小脇に抱えて走り去った。どう見ても人さらいだ。

 数分後、フロアの階段で土下座をするミイラ男とそれを困った顔で見つめる黒い少女の姿があった。

「不審な男でも痴漢でも妖怪でもないんだ! 信じてほしい!」

「……わかったからもうそれやめてください」

「いや、気づかなかったとはいえ、見ず知らずの女の人を高く持ち上げるなんて!」

 ミイラ男はさらに額を床にこすりつけた。

「私もその……〝それ〟に驚いてつい叫んじゃいそうになったし」

 〝それ〟とはつまりミイラ男の顔のことだろう。初見では誰だって驚くだろうことは本人も自覚している。

「この顔で騒がれると色々面倒なことになるってわかってんだよ。なのに迂闊だった。実は今、人を捜してんだけど騒ぎになって警備員来たりしたら厄介だなって」

「そうだったんですね……見た目といえば私もよく驚かれるので」

「驚かれる? なんで。全身黒いから?」

「違います。いや、違わくもないんですけど……キタローっぽいというか」

 少女はキタロー系女子と自らを皮肉った。

 言われてみれば某キタローに見えなくもない。いや、むしろそうとしか見えない。これで縞々のちゃんちゃんこでも着ていればもはや本人だ。

「ミイラとキタロー……」

「どっちもモンスターだな」

 キタローはうつむいた。傷つけてしまったかと焦ったが、頬が赤いので照れているようだ。

「実は私も一緒に来ていた人とはぐれちゃって。こういうところに来ると調子がおかしくなるってわかってたんですけど……」

「こういうところ? 人が多いってことか」

 人酔いか、と思っているとキタローは特に否定もせず「オバケが出るんです」と言った。

「えっ……」

 思わぬ言葉に驚いてミイラ男は言葉に詰まる。

「あっ、あくまで噂なんですけど……ここには幽霊が出るらしいんです。わけあって私はそういうのを調べていて」

 そこまでいってキタローは、脈絡のないことを言ってしまったと気付いたのか謝ってきた。

「いや、実は俺もそれが目当てで来たんだ」

 なにか話を聞くことができるかもしれないと自分たちも調べていると話を合わせた。

「やっぱりここが心霊スポットだっていうのは本当だったんですね……。実ははぐれた友人というのが、『スーパー霊感体質』なんです。私にはそういうのがまるでなくって。だから彼がいないと調べようにも調べられなくて」

 なんかどっかで聞いたような話だな、と思いつつミイラ男はピカリンを思い浮かべた。

「スーパー霊感体質ねぇ……そっちもなんか訳ありってことか」

「まあ……はい。普通は霊感体質なのに心霊スポットなんて行きませんから。『怪談取材』のためには仕方がないんです」

「怪談取材?」

「ええ……恥ずかしいんですけど、私、なんていうかその……『怪談師』をしてまして……」

「怪談師? ……へえ~すげえ」

 ミイラ男はあきらかにわかっていなかったが雰囲気で返事をした。

「よかったら聞きに来てください!」

 キタローは立ち上がると一枚のチラシを差し出した。そこには『カイタンホラーナイトin666カフェ』と記載されてある。

「私はこれで」

「あっ」

 去ろうとしたキタローを思わず呼び止めたものの、何を言っていいかわからず小さな間が漂った。

「見つかるといいな、連れのやつ」

「はい。そっちも見つかるといいですね」

 両手に赤いロゴの紙袋を下げ、ほくほく顔のピカリンと遭遇したのはその十数分後のことだった。(その日は諦めた)

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