【連載】めろん。83
・〇〇〇 〇歳 ②
あれから長い年月が経った。
私は父の跡を追わず、警察になった。キャリア組の道もあったが、勤めてみて性分ではないことを知った。現場にいるほうが自分に合っているようだ。
思えば父は官僚だったが大きな意味では常に現場に立っていた人なのかもしれない。もともと無頼派だなんて呼ばれていたこともあるくらいだし、同調圧力にも屈しない精神力を持っていた。常に後ろには人がついて歩き、それでも最前線で舌禍の銃弾で戦っていた。
そんな父が好きだったのかと問われればどうなのかわからないが、すくなくとも似た者親子なのかもしれない……とは思った。
私が四〇歳に差し掛かり、まもなく本厄というころ父は死んだ。八六歳の大往生だった。
私には六つ下の弟がいて、兄弟ともに父には絶対服従、決して逆らってはいけないと育った。弟はより強く父に憧れたのか、政治の世界へと足を踏み入れている。
遅くにできた子供というのは甘やかされると定石だが、私たち兄弟にはまるで関係のない話だった。父はいつでも厳しく、そして正しかった。
そんな父は晩年、しきりにひとつのことに執着していた。
……鬼子村である。
死期が近づいてくるのを悟ったのか、そのあたりからなにかにつけて鬼子には気を付けろ、鬼子を近づけるな、鬼子が来る……と怯えた。
これまで生きてきた中で、父がこんなにも露骨に怯える姿は見たことがない。思い返せば私に鬼子村の話を打ち明けた時ですら、そこまでの怯えは見せなかった。
「兄さん、父さんから鬼子村のこと聞いてる?」
父の死因は老衰だった。すっかり衰弱し、白濁した瞳で虚ろに天井を見つめる父の姿はとても弱々しく、痛々しいと思った。どれだけ精力的で、生きる活力に満ち満ちている人間も、生きるところまで生きれば誰でもこのような弱い姿になるのだと突きつけられているようで、心が痛い。
そんな弱った父の病室の外で弟の征四郎がそっと小声で聞いた。
「まあな。父さんの話を信じないわけじゃないが……どうもあれだけは眉唾じゃないかと思っている」
征四郎は僕もだよ、と前置きしたうえで話す。
「でも兄さんも同じだろうけど、あの父さんがあれだけ執着しているのが気になるんだ。しきりに『あれだけは別だ』って繰り返しているだろう」
「……そうだな。その主張だけははじめて聞かされた時からずっと変わっていない。正直なところ、お前の本音はどうだ」
征四郎はうつむき加減で思案に耽る素振りを見せ、さりげなく周囲を警戒した。
「信じてないさ。……けれど、そうもいかないかもしれない」
「どういうことだ」
「官僚の老人会の中でね、鬼子村の話を聞いたんだ」
思わず目を見張った。征四郎は慌てて肩を押える。
「落ち着いて。父さんからの話だけじゃ信じられなかった。でも父さん以外から鬼子村の話を耳にしたんだ。よって今の心境はこうだよ、もしかしたらもしかするのかもしれない」
「バカをいえ、お前は簡単にそう言うけどな……もしもあれが本当だとしたら俺たちは――」
しっ、と征四郎は口元に指を立てた。
「うちもそうだけど、不思議なんだよ兄さん。鬼子村の話をする人たちには共通点があるんだ」
「……共通点だと」
「成功者だよ。鬼子村出身者は村をでてから一代で財を為している者が異様に多い」
「そんなもの偶然だろう」
「偶然で片づけられる数じゃないんだ」
征四郎の話し方に違和感を覚えた。
あたかも鬼子村の話に精通しているような言い方だった。
「お前……なにを知っている」
「兄さんが本腰を入れれば簡単に調べられるはずさ。こちらが〝その気〟になればある程度のことは知れる」
「なんでお前は知ろうとした。好奇心か」
「最初はね。でも今は違う、自分の命がかかっている」
私は黙って征四郎を睨んだ。征四郎も同じように私を睨んできた。
兄弟の中に漂う沈黙。それが雄弁に物語っている。それこそがさきほど私が言いかけたことそのものだった。
鬼子村の話が本当だった場合、それはつまり私の血族も人食衝動を引き起こす可能性がある、ということ。
「征四郎、話を聞こう。知っていることを話せ」
「もちろんだろ。だけどタダじゃあイヤだ」
「なにを言っている。私たちはきょうだ……」
「ふっかける気はないよ。話すが兄さんからも情報をもらう」
「私はなにも――」
「これからの話さ。兄さんが本気になれば情報収集はそっちが上だ。なんたって公安警察なんだから。お互い、生き残るために助け合おうじゃないか。僕たち兄弟だろ」
いっぱしの交渉術だ。やはり征四郎のほうが私よりも父に似ていると思った。餌をちらつかせてそれ以上の得を得ようとする。政治家には向いている。
「なるほど、助け合い……か。いいだろう」
征四郎の話に乗ってやることにした。実弟とはいえ食えない男だ。どこでこの私を出し抜くかわからない。警戒はしておいたほうがいい。
なにしろ父は先が短いのだ。家督を狙うに長男の私はさぞ邪魔だろう。
征四郎の顔を見つめながら、この邪魔者をどうしようかと考えていた。
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