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【連載】めろん。77

公開日: : 最終更新日:2021/01/26 めろん。, ショート連載, 著作 , ,

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・綾田広志 38歳 刑事㉙

 気づくと大きく時間がズレていた。なにが起こったのかわからず、慌てて状況を整理しようとしてハッとした。

 口元に触れると指先にかさついた感触が伝わる。よだれの跡だ。

「バカか俺は……」

 なんのことはない、いつのまにか眠っていただけのようだ。寸前まで気を張っていたつもりだったが……いや、気を張っていたから眠ったことにも気づかなかったのだ。

 まるで気を失うようにして突然ぶつりと記憶が途切れ、今に至る。

 場所も身を隠していたベランダのままだ。どうやら捜索隊には見つからないで済んだらしい。

「案外、杜撰な連中なのかもな……」

 とつぶやきつつ、家々すべてを捜索するのは手間だろう。そんなことに人員を割けないのかもしれない。

 なんにせよ、本気で捜されなかっただけ運がよかったと思うことにした。

 時刻は15時を過ぎている。疲労もあってか、些か眠りすぎだ。

 弘原海に会いにいこうかと思ったが、俺のせいでマークされかねない。すこし時間を置いてからまた訊ねようと決めた。

 周りを注意しながらベランダから降りるとカメラの死角を縫うようにして道に出た。

 今日も人通りはほぼない。昨日とは違い、警戒を怠っていないから民家から視線を感じることもなかった。

 寝すぎたがおかげで体力と気力も回復している。悪いことばかりではない。

「……さてと、この〝家〟に行ってみるか」

 ポケットの中から大城のノートの切れ端を取り出した。

 この家に手がかりがあるかどうかは望み薄だ。大城自身もそれは明記してあった。

 だがなにもない俺には些細なことでも調べる必要があった。

 体格の割に細かな地図を頼りに進んでいく。なにしろ景観の変わらない住宅街、合っているのかどうかも心細い。

「番地を書いてくれているのがグッジョブだな」

 各家には番地……というより識別番号のような記号が記してある。それを見ることでかろうじて現在地が把握できた。

 2-23……

 地図の家に着いた。外観は他の家と変わらないし、特別感は皆無だ。

 すばやく玄関の前まで近づき、念のためにとドアに耳を当てて様子をうかがってみる。人の気配はない。

 ノブを回すが開かなかった。

 裏にまわって引き違い窓に手をかける。

「……開いている」

 不審の思ったが空き家で裏口が開いていることは珍しくないと弘原海も言っていた。

 戸締りに関してこの町の意識はかなり低い。

 中にあがると大城宅で観た光景がよみがえった。大音量のアニメソングと横たわった妻子の死体。そしてその左奥の隣室で大城は首を吊っていた。

 自然と目が左に向く。あたりまえだが間取りはまるっきり同じだ。すこし覗き込むと大城がぶら下がっていそうで怖い、と思った。

 長い刑事生活で怖いと思うのははじめてだ。

「……ふぅ」

 当然、大城はぶらさがっていない。当たり前なはずなのに俺はなぜか安堵していた。

 今後一生、あの光景は忘れることはない。友が首を吊っているあの光景だけは。だが俺はなにを憎めばいい?

 両間か?

 確かにやつは大城をここに軟禁していた。だがそのせいで大城の家族はめろんを発症したのか? 仮に両間がめろんの因子を故意に大城家へ注入したのなら俺の敵はやつだ。

 本当にそうなのか。俺はいままで大城は口封じのためにここへ連れてこられたのだと思っていた。だが他との接触を極力避けるこの町で、発症したのはもともとその傾向があったからではないのか。

 そうであるなら――

「やめよう。いまは不毛だ」

 つい感情に負けて大城の死、めろんの発症について考えこみそうになる。いまはそれよりも大事なことがあるのだ。ともかく時間は多くない、すこしでも手がかりを見つけなければならない。

 すこしの間、瞑想をして立ち上がった。

 気を取り直し、家の中を調べる。一階のリビング、和室、キッチンは特に異状はない。次に廊下にでて玄関周りやトイレを調べたがここもなにもなかった。

 二階に上がる。ここは三室あることは他の家で知っている。こういうとき、全戸建て同じ間取りなのは効率がいいと思った。

 もしかするとそれを念頭に置いて開発したのかもしれない。

「やあ、めずらしいお客様だね。綾田ちゃん」

 二階の一室のドアを開けて凍り付いた。

 部屋の中央であぐらを掻き、ボードゲームに興じている両間伸五郎がいた。

「両……間……」

「あら呼び捨て? 立場は僕のほうが上のはずだけど……まあいいや、僕たちの仲だもんねぇ。はい、次君の手番だよルーレット回して」

 ボードを囲むひとりに声をかける両間はいつか会った時と同じく軽薄な態度だった。

「なぜここに……」

「どうしてここに? はこっちのセリフだと思わない綾田ちゃ~ん。ここは招待制の場所だよ? なんでわざわざ自分から来ちゃうかな」

 言ってくれればいつでも招待したのに、とメガネの奥で眼光がこちらに向く。

「綾田ちゃんも一緒にやらない? 彼らとやっていても接待ゲームでさ、毎回僕が勝っちゃうんだよね」

「俺が来るのをわかっていたのか」

「そんなのわかるわけないじゃん、勝手に来たのはそっちだよ綾田ちゃん。ほら、君たちスペース空けて。懐かしいだろ、これ『人生ゲーム』」

「じゃあやっぱりこの家は」

「座れ、って言っているだろう。綾田」

めろん。78へつづく

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