【連載】めろん。68
・綾田広志 38歳 刑事㉕
弘原海は呆けたような顔つきで通りを眺めている。
「あー……事情はわかりました。非常に残念です。えー……あなたは」
「警視庁一課の綾田だ」
「ほー……そうですか。本庁の刑事がこんなところに。ご苦労様です」
弘原海はそう言ってから、「ところでー……」と付け足した。
「死体があるから、ということで私を中に入れるのを躊躇しておられるのはわかるのですがー……、ここで話すのもどうも具合が悪いかと」
「死体があるからじゃない。あなたが両間の息がかかった者でない確証がないからだ。あなたがもしもそうだとしたら、中に入れることは俺の危険を意味する」
「まー……確かに。そうですが、私としてもここで長居をするのはまずいわけでして。ですのでー……上げる気がないのなら、残念ですが私はここで」
「……さっき、なぜ通りを見ていた」
「あー……、綾田さん。あなた、ドアを叩くまで私がこの家にくるのが見えましたか」
無言で首を横に振る。
俺が弘原海を信用しきっていないのはまさにその要素が大きい。ずっと窓から見ていたが通りは誰も通っていなかった。
それなのにまるで瞬間移動でもしたかのように突然ドアが鳴ったのだ。
「えー……いわゆる、『裏道』というやつですね。やつらに見つからないルート、というのがあるのです」
「なんだと?」
「そういったわけですので、あなたがここにいることは彼らに筒抜けだということになりますが、家の中まではわかりません。ですので、私がこの中に入っても彼らは認知していないことになります」
「信じられないな」
「ですのでー……私は帰ります。せっかくの裏道が彼らにバレかねないので」
つまり通りを見ていたのは、やつらに見つかっていないかを確かめたというわけか。
「わかった。だが変なことをしたら……」
「あー……それ以上は結構です。私もこう見えて同業者なので、言いたいことくらいはわかっていますよ」
ドアを開け、弘原海を招き入れた。
弘原海は丁寧に脱いだ靴を並べて中にあがった。
「これはー……お悔やみを」
三人並んだ大城一家に手を合わし、弘原海は目を閉じた。
「大城とはどういう関係だったんだ」
「まー……同業者っていうだけです。同業者なので情報の交換をしていた」
「情報の交換……。ここへきたのはどっちが先?」
「私ですね。かれこれもう1年以上はいますか」
弘原海に家族はいない。いや、いたがここへ来てすぐに妻が発症し、両間たちに連れていかれた。それからはひとりだという。
「えー……ここはとんでもないものを隠しているでしょう?」
「めろんのこと、か」
「はいー……。ですがそれだけではなく、鬼子村のことに関しても」
「それは俺も知っているが、眉唾ものの言い伝えじゃないのか。例えば、事実が歪曲されて今に伝わっているとか」
「なにしろ地元の人たちの伝承くらいでしか伝わっていませんし、資料も残っていないと聞いています。まあ、ですが仮に眉唾ものだったとしてわざわざこんなところを選んで村を作りますか」
確かに。坂口も鬼子村については疑っていない様子だった。めろんの発症とウェンディゴ症候群、どちらもこの村がキーになっていると言っていた。
「つまりー……鬼子村とめろんに因果関係があるのは確実でしょう。そして、ここ一か所にめろん発症予備軍を固めているのもなにか意味があるはずです」
「そこまではわからない、ということか」
「あー……はい、まあ。ですが手がかりが一切ない、ということはありません」
どういうことか訊ねようとした時、弘原海は俺を制して腕時計を見た。
「えー……そろそろここから去りましょう」
「なぜだ」
「そろそろ彼らが来ます」
「どうしてわかる」
「それはのちほど。とにかく、私についてきてください。我が家に招きますよ」
そう言って弘原海は玄関からでると、壁を伝い、塀を飛び越えた。
「まるで小学生の時に人の家の庭に入った時みたいだ」
「あー……意外ですねぇ。そんなことをするタイプで」
「子供の頃だ。今じゃない」
弘原海はクスリと笑い、慣れた素振りで決まったルートを行った。
「彼らはまだ大城さんの家にあなたがいると思っていることでしょう。でも中には大城さんの死体だけ……」
「晴れてお尋ね者というわけか」
「えー……その通りです。ですが私の家ならば大丈夫」
「どうして」
「まぁー……色々策を講じている、ということです。なにしろ長いので」
「頼もしい」
時に大胆に道を横断したりしながら、大城の家の二階から合図を送り合った家まで辿り着いた。
「本当にこれで見つかっていないのk」
「まー……信じてください。どうぞ、あがって」
言われるがまま弘原海宅に足を踏み入れる。大城の家とよく似た屋内に既視感を覚える。
「どこも中は同じです。それに見た目じゃわかりませんが空き家も多い」
「そうなのか」
「あー……大城さんは普通に連れてこられたタイプではありませんでした。なので、彼らからも特別マークされていたように思います」
そういいながら弘原海は二階の部屋へ連れてくる。
そうして、大城の家を窓から見ながら一冊のノートをだした。
「これは、あー……大城さんから預かっているノートです」
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