【連載】めろん。20
・破天荒 32歳 フリーライター③
明日というのは本当にくるのが早い。それ以上に奴が待ち合わせにくるのも早かった。
刑事という職業柄なのか、性格なのか。3ヵ月の清い交際期間だがわかる。どっちもだ。
「遅刻した気になるからむやみに早くくるのやめてほしいんだけど」
「早くきて機嫌が悪くのはお前くらいだぞ」
むかつく、と愚痴をこぼしウェイトレスにミルクティーを頼んだ。糖質は制限しないのか、とまた悪意があるのかないのかわからない皮肉を言う。
「今がベストな体型なの。ご心配なく」
癇に障る。一度親密な関係になった男はどこか仲の悪い家族のように錯覚してしまう。全く赤の他人なのに、我ながら馬鹿げていると思いつつ憎まれ口は止められなかった。
「元気そうだな」
「おかげさまで。そっちも相変わらずお元気そうで」
元気なわけがない。広志は妻に三下り半を叩きつけられ、今はひとり見。いざ事件が起これば居ても立っても居られない、つまらない仕事男だ。
「そうでもないさ」
「……え」
拍子抜けの返事だった。広志のことだからどうせ、どんな状況であれ「元気だよ」と返すと思っていた。それが平常運転だからだ。
というより、どれだけ弱っていてもそんな言葉は聞いたことがない。もっとも、離婚してからのことは知らない。思っている以上に堪えているのだろうか。
「どうした?」
「元気ないの? どうしたのよ」
そう言うと広志はほんの一瞬、目を丸くしたがすぐにアイスコーヒーを啜った。ストローを使わずグラスに直接つけた口元は薄く上がっている。ブラックしか飲まないのは昔のままだ。
「なんだか安心したよ。お前は変わらないな」
「なによ。ディスってんの」
「違う。褒めているんだ。素直に受け取れ」
どうやって今のを褒められていると素直に受け取れるというのか。本当にこの男の言うことは理解に苦しむ。
「……な~んか、調子狂う。奥さんに捨てられて人恋しくなった?」
「関係ないだろ。それは」
「じゃあ、なに。大体、オカルトの用件だなんて……」
オカルト、という言葉を聞いて綾田の表情が引き締まる。それをきっかけのようにして広志は口を開いた。
「俺もまさか、こんな話をお前にする日がくるとは思わなかったよ」
めろん。綾田はひとこと、そう発した。
「は?」
「知らないか。オカルト界隈で『メロン』にまつわる話」
「ちょっとあんた、なに言ってんの」
「俺は真面目に聞いている」
確かに。
広志のまなざしと表情は冗談を言っているようには見えない。繰り返しになるが、そもそもこの男は冗談の類を言わない。
それでも疑いたくなるのは、次から次へとキャラと違うことを発するからだ。だがこれ以上、突っ込みをいれていたら一向に話が進まない。運ばれてきたミルクティーで口を湿らせ、私は手帳とスマホをテーブルに置いた。取材の時に必ず配置する、私のワークスペースだ。
「わかった。最初から聞くから、話して。あんたの言っている『メロン』についても、聞き終えてから心当たりがあるかどうか答える」
私の顔つきが変わったことに気付いた広志は黙ってうなずく。そして、語り始めた。
『メロン』と、それにまつわる事件のことを。
「――というわけだ。広島県警の大城からも同様の事件が時々起こっていると聞いている。47都道府県……とはいかないが、日本各地で類似した事件が起きている。その上、両間という刑事が率いる公安まで動きだし、俺たち末端にはなんの情報も降りてこない。ただ現場処理だけをこなしている」
疑うなと心に決めたはずなのに、また疑いそうになっている自分がいる。そんな事件が本当にあるものだろうか。普段、疑われる側にいることの多い私が広志を疑うというのも変な話だが、そのくらい常軌を逸した話だと思った。
「ただ――」
私は疑いつつも、自分の中で知っている話をすることにした。
「似ている怪異の記録ならある」
「どんな?」
「『ウェンディゴ症候群』って、知ってる?」
広志は頭を振った。無理もない。一般人が普通に持つ知識とは違う。
『ウェンディゴ症候群』は、カナダに伝わる『ウェンディゴの悪魔』から端を発する疾患である。
「カナダ南部から北部のインディアンに伝わる話。地域によって『ウェンディゴの悪魔』と呼ばれたり『ウェンディゴの精霊』と呼ばれたりしている。でもどちらも同じもので、呼び名が違うだけよ」
広志は余計な口を挟まずにじっと話に聞き入った。
『ウェンディゴの悪魔(精霊)』とは、自然界が生んだ精霊で人間よりもはるか昔からその地に住んでいるという。ウェンディゴは住民にとって『守り神』としても信仰対象だった。
ウェンディゴは人間が自然に危害を加えようとすると、怒り狂い、人間を襲った挙句、食べてしまうというのだ。
「精霊が人間を食う……か。怖いな」
「怖くないよ。人間が人間食べるなんて、いくらでも転がってるシチュエーションでしょ。そんなものより、この先を聞いて」
ウェンディゴは、原住民の中では立派な病気として扱われるが、そのほとんどが助かっていない。
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