【連載】めろん。16
・綾田広志 38歳 刑事⑥
「綾田さん」
善治の話を聞き終えた俺に高橋が駆け寄ってきた。眉間に寄った皺が緊張を物語っている。なにかあったようだ。
「ハムがきてます」
「……なんだと? ハムがなんの用だ」
ハム……公安警察の隠語だ。政府が絡む大事件がご専門の天狗機関がこんな現場にやってくるとは、どういう風の吹き回しだ。
遠慮のないごつごつとした足音を近づかせ、やがて3人の公安警察官の男が姿を現すと俺の元へとやってきた。
「やあ、ご苦労様。ええっと……」
「一課の綾田広志巡査です」
ああ、これはどうも~と額を叩きながらひと際背の高い骸骨のようなシルエットの男が、軽薄さを隠さない返事をしながら警察証を開いて見せる。
「公安一課の両間伸五郎(りょうま しんごろう)と申します~。以後お見知りおきを」
大人が子供の目線に合わせ腰を落とすように、両間は俺に顔を近づけてにこやかに挨拶をする。牽制と挑発を混ぜ合わせたような、不快な態度だった。
「……公安警察がわざわざ現場にやってくるとはご苦労様です。どんな用件がおありですか」
「またまたぁ~、綾田ちゃんってばそんなに邪険にしないでよ。捜査の邪魔はしないからさ」
もうすでに邪魔なんだよ。という声を噛み殺し、妙に馴れ馴れしい両間を睨む。
「両間さんがそうだと言うつもりはありませんが、公安は我々の現場を散々荒らすだけ荒らして、あとは我関せずを決め込む方が多いもので。できれば手短にお願いしたい次第でして」
「なんだその口の利き方は」
両間の隣にいた連れの公安が目の色を変えて突っかかってくるのを制し、両間はやたらと薄いフレームのメガネの位置を直しながらさらに顔を近づける。
「つれないこと言わないでよ~。僕たちの仲でしょ」
「今日が初対面ですが」
「そうだけどねぇ~、ほら公安と刑事だって同じ組織の一員なんだからさぁ。仲良くしようよ、ってことなんだ」
カチンカチン、と奥歯を鳴らし両間はにこやかな表情のまま握手を求めてくる。俺はそれを無視して、「それでなにをしにいらしたんですか」と訊いた。
ふぅ、と溜め息を吐いて差し出した手を引っ込めた両間は「ここにいるの? 第一発見者」と質問返しをする。
「さあ」
「いじわるしないでよ。警戒するのはわかるけど、僕たちは犯罪者じゃなくて仲間だよ仲間。いわば君の味方さぁ」
「ご承知かと思いますが、今は捜査中です。事件が起こって時間も経っていない。こちらがやるべきことも終えていないのにあなた方の好きにさせるわけにはいきません。せめて事情聴取を終えてから待ってくれませんか」
両間は一度戻した体勢を再びにゅっ前傾し、また俺の顔に近づく。
「待てないからきたってことくらいわかるでしょ? 僕が笑っている内に言うこと聞いてくれないかなぁ~。ややこしくなるのはお互い避けたいでしょ」
結局、脅しか。最初から話が通じないのだからまどろっこしい真似などしなければいいのに。心の声を律し、俺は黙って場を譲った。
「精神的に疲弊しています。無理な聞き取りは控えてください」
「わかってるよ~こっちだってプロだよ。プ・ロ」
そう言ってすれ違いざまに肩に手を乗せてきた。乗せた瞬間、強く掴まれ牽制されたのがわかった。公安の連中はいつだってそうだ。
俺たち現場の刑事のことをなんとも思っていない。自分たちとは住む場所の違う、ただのコマ。その程度の認識でしかないのだ。
あの両間という男。振舞いこそ温和なように見えるが、会話や素振りの節々から驕りが垣間見える。俺たち刑事は最初から奴らに心を許すことなどない。
「あの野郎、なにしにきたんですかね。自分たちはなんにもしないくせ、手柄だけはごっそり持って行くハイエナ」
「聞こえるぞ」
「聞こえたっていいんですよ。どうせ、奴らの眼中に我々はいないんですから」
高橋の不満は刑事組織全体の総意だ。特に警視庁は公安とバッティングすることもしばしばある。不満が噴出するのも当然だった。
「いいなぁ、僕憧れるんですよね公安って」
いつまにかそばまできていた三小杉のつぶやきに「うげ……」と高橋は顔をひきつらせた。
「ひぃやあああああ!」
寝室から突然、善治のものと思われる叫び声があがった。反射的に体が反応し、ドアを開け放つと目の前に両間の付き添いの公安が門番のように立ちはだかった。
「おい! なにやってる!」
「あ~、ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃったねぇ。落ち着いて善ちゃん」
「善ちゃんって、お前誰と話してるのかわかってんのか!」
部屋に押し入ろうとするも立ち塞がる男に阻まれ入れない。だから最初から厭だったのだ。
「なにを言った! なぜ刺激するようなことを!」
「なぁ~にも言ってないし、刺激もしていないよ綾田ちゃん。ただ、ちょっと見てもらっただけだよぉ」
棒人形のような骨ばった体を持ち上げ、両間は持っていた写真を見せた。
それは他のメロン事件の被害者……つまり、調理後の人間だった。しかも、処理がされていないほう……解体された遺体。
「人権派には怒られちゃうかな? でも、これも立派な捜査の一貫なの。わかってよ綾田ちゃ~ん」
両間越しに覗く善治は頭を抱えてうずくまっている。ここから見てもわかるくらい震えていた。
「この人でなし……警察の面汚しが!」
その姿に高橋が激高し、声を荒らげた。
「おっとぉ、今のは聞き捨てならないねぇ。それは失言じゃないかな~?」
「うるさい! 今すぐでていかないと……」
「やめろ高橋。申し訳ありません両間さん。部下の無礼は私がきつく言っておきますのでお許しください。それより、用が済んだのならお引き取りください」
さ~すが、と両間は笑い付き添いを連れて部屋を後にした。
「また会えるといいね、綾田ちゃん」
「……遠慮します」
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