【夜葬】 病の章 -52-
【夜葬】のことを知れば、誰であろうとも眉間に皺を寄せ、動物の死骸に沸く蛆を眺めるような顔つきになる。
まるで語り手を凶悪な殺人犯のように見下し、その上で虚言癖のある狂人のようにも見るのだ。
人間というものは、一度相手をそんな風に見てしまうともはやそのイメージからは逃れられない。どれだけ日常的に善人であっても、どれだけ親切で真摯であっても同じだ。
語ってしまった人間は、もう同じ人間としては見てもらえない。
少なくとも鉄二はそう思っていた。
思えば、誰かに【夜葬】の話をしたのは初めてのことだ。
誰にも語ったこともないくせに、鉄二は聞いた人間は必ずそうなると信じていた。
そして、自分がその相手から狂人として見られるだろうということも。
だが現実はどうだろう。
はじめて自らの口から語った【夜葬】という常軌を逸した因習。
それを最初から最後まで聞いた窪田は、目をらんらんとさせていた。
その瞳は軽蔑や侮蔑の類ではなく、好奇心と興味に満ちた光を放ち、まだかまだかと鉄二の口から次の句がでるのを待ち構えているではないか。
結局、鉄二は窪田のその瞳にすべてを語らされた。
「へぇ、本当かいそりゃあ! そいつはすげえや! ははは」
「そんなに楽しい話でもあるまい。なぜそこまで喜ぶかね」
「そりゃそうだろう。人間の顔をくり抜いて、飯を盛って喰うなんてそりゃ人間のやるこっちゃねえ。でも本人たちは大真面目ときたもんだ」
コップ酒を空け、窪田は嬉々として鉄二のぶんとふたつおかわりと注文した。
「けれど、それであの穴あき地蔵の謎も解けたってもんだ」
「鈍振地蔵か……」
知っていることはすべて話した。
だがそれは“事実として辛うじて信じてもらえそうな範囲”での話である。
窪田には“地蔵還り”のことや、“地蔵に還した顔が喋る”ことなどまでは言わなかった。
「それにしても地蔵の顔に死者の顔をはめ、人間どんぶりで飯を食う。まさに鬼だ。やってることは鬼で餓鬼。鈍振村の者はみんな地獄行きだな」
鉄二は無言で酒に口をつけた。
「おっとすまんね。なにもあんたのこともそう言っているわけじゃないんだ黒川さん。あんたはあくまで別だ。別は別でも特別なほうだ。なんて言ったって船乗りたちが絶対に話さないことを俺に教えてくれたんだからな」
「いいよ。そんなおべっかは。……それであんたはなにが目的なんだ」
鉄二の質問に、窪田は大げさに驚いてみせた。
それがパフォーマンスであることは鉄二にもわかったし、窪田もわかっていてやっている。
「俺の目的? そんな大それたことはないさ。ただ、村を住みやすくしたいだけだ」
「それで電気か」
「そうだ。でも町まできて電気の話だけだと思うか」
鉄二はうなずかなかった。
窪田がどんな男なのか次第に理解できてきたからである。
この男は実に狡猾で、利己的。他人のことは信用していないばかりか、自分の常識外の存在を絶対に肯定しない。
それが人間であっても、物であっても、事象であっても。
口にすることは大仰なくせ、見識の狭さが人間力を語っている。
しかし、それはそれで鉄二が街暮らしで見たよくあるタイプの人間でもあった。
「で、どうする気だ」
「【夜葬】のことを売るんだよ。エログロに世の中が夢中になってる。そんな訳のわからないしきたりを連中が放っておくわけがないじゃないか」
「連中?」
窪田の言っている意味がいまいちわからず、鉄二は聞き返した。
すると窪田はじれったそうに、そんなこともわからないのかという表情を露骨に出した上で鉄二に話す。
「新聞屋だ。出版社でもいい。とにかくそういう連中に鈍振村の存在を伝える」
「それでどうなる」
「そりゃあ一躍有名になるさ。そうすりゃわざわざ俺たちが電気を引っ張ってくれだなんて交渉しなくて向こうから勝手にやってくるようになる。けどそれが目的じゃない。有名になれば道路ができる。物がくる。人が来る。そしたら村はどんどん大きくなる。やがて村で収まらなくなって町になるかもな」
酔いもまわり、窪田は饒舌に雄弁に語ると自らの話にも陶酔しはじめているようだった。
言っている内容の壮大さもさることながら、鉄二は彼に関心していた。
少なくとも鉄二には、窪田が言っていることを思いつきもしなかったからだ。
賛同するもしないも、その判断を鉄二にはできない。
だが、窪田と一緒にいればなにか面白いことができるのかもしれないと思った。
そして、なによりも彼が船乗りと呼ぶゆゆを含めた村の人間たち。
あれを取り込み、存在を消してしまえるのならばそれ以上のことはない。村が大きくなり、人が増え、夜葬も地蔵還りもなくなる。
ふとイメージした時、まさに鉄二が思い描いていた理想の居場所であると思った。
そしてそれは夢物語ではなく、現実の目標としてあるということも。
「窪田、俺はどうすればいい」
「おお、やっぱり喰いついたかね。それでこそ俺が見込んだ男だ。あんたを連れてきて良かったよ、黒川さん」
豪快に笑いながら窪田は鉄二の背を叩いた。
その晩ふたりは金を使い切るまで飲み明かした。
そして翌日、鉄二と窪田は役所を無視し、新聞屋の前にいた。
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