【夜葬】 病の章 -24-
戸の隙間から腕を差し込み、ばたばたと中に割り入ろうとする美郷を船坂を始めとした村の男たちが雄たけびを上げながら押し返す。
しかし、美郷も女とは思えないほどの力で抵抗し、なかなか戸の外へ押し出し切れない。
「仕方ない、切ってしまえ!」
「えっ! ちょ、ちょっとそんな! それじゃ美郷が死んで……」
「何言ってんだ黒川! お前、あれが生きてるって本気で思ってるのか」
船坂の檄に怯み、元は口を噤んだ。
『あれが生きてるって本気で思ってるのか』という問いになにも言い返せなかったからだ。
物凄い形相で隙間からこちらを睨みつける美郷に、在りし日の面影などどこにもない。
ただ、美郷に似た『なにか』という印象しか残ってはいなかった。
「おい、だれか斧持ってこい!」
「やめてよおじさん!」
子供特有のキン、とした高い声が屋敷の中に木霊した。
戸の前に立ちはだかり、美郷を庇うようにして鉄二が現れたのだ。
「鉄二! どけ、お前そんなところにいたら……」
「だ、だって美郷おばちゃんがかわいそうじゃないか! 今はちょっと変だけど、ごはん食べていっぱい寝たらきっと元通りに治るから! だからやめてってば!」
目にいっぱいの涙を溜め、鉄二はみんなの前で必死に訴えた。
「やめろ、鉄二! そいつはもう美郷じゃねえ、それよりすぐにそこから離れ……」
「副嗣お姉ちゃん虫はじめさぁああん、みつ、みつ、みつろおお」
みんなの知る美郷の声で、狂気に染まった言葉を繰り返す。
それを聞くだけ村の者たちは胸を圧し潰される気持ちになった。中には目を背ける者も少なくない。
「美郷おばちゃんの声じゃないか! やっぱり、美郷おばちゃんなんだよ! 中に入れてあげようよ!」
鉄二は必死の訴えをやめなかった。
村のほとんどの人間が、【地蔵還り】になってしまった人間を始めて見たのだ。
いくら『それが美郷ではない』と気持ちの中では分かっていようと、そう割り切れるものではない。
そんな空気が徐々に屋敷内に高まり、美郷を中に入れてもいいのではないかという者も現れようとしていた。
「うわあっ!」
隙間から伸びた美郷の手が、鉄二の頭を掴んだ。
「鉄二!」
鉄二の頭を掴んでいる手の甲は血管が浮き上がり、土色に変色してしまった指先でぎちぎちと鉄二の頭を締めあげている。
「いだい……いだいよ……おば、ちゃ……」
「美郷! 鉄二を離せ! おい!」
村の男たちが一斉に美郷の腕から鉄二を引き剥がそうとするも、美郷の力が強すぎて剥がせない。
そうしている間にも鉄二は痛みに苦しみ、白目を剥き始めた。
「やめ、おばちゃ……」
「ぐぅ……! 仕方ない、お前ら美郷の腕を押さえろ! 切るぞ!」
村の男数人が戸を内側から押さえ、吉蔵と元が美郷の腕を伸ばす。
「すまん、美郷……こうしないと鉄二が……」
元の脳裏に鉄二の頭を撫でながら笑う美郷の姿が浮かんだ。
――美郷。
「おおおおっ!」
雄たけびをあげ、船坂が斧を振り下ろした。
ザンッ、と美郷の肩より少し下から先が切り離される。
糸が切れた釣り竿のように、鉄二と元らはどすんと尻餅をついた。
「痛い……なんで? なんで私の腕がないのぉ? なにも悪いことしてないのに。お前達が【夜葬】で葬らないからこんなことになったんだろ!」
しおらしく、めそめそと腕を失くした悲しみを訴えたかと思うと、突然狂ったように怒鳴り声をあげる美郷。
屋敷の村人たちにもびりびりとそれが伝わり、正真正銘、これが『美郷ではない』と全員が思い知った。
「は、はやくそのバケモノを外に行かさんかい!」
「入ってきたらもう終わりじゃ、はよう殺せぇ!」
一斉に村人たちの声が美郷を責め立てる。
その喧騒の中で、鉄二は切り離された美郷の腕を放心状態で見つめていた。
今さっきまで、自分の頭を握りつぶそうとしていたその掌は、何度も何度も、頭を撫でてくれた手だった。
何度も、飴をくれた手。頬に触れた手。手。
直後、頭が真っ白になり、意識が遠のいた。
「て、鉄二! おい、鉄二!」
元の声が遥か遠くで微かに聞きながら、鉄二は気を失った。
鍬やホウキで美郷は押し出され、再び戸が閉じられる。
美郷は外から何度も戸に肩でぶつかり、中に入ろうとしていたがしばらくしてから静かになった。
船坂は、うなだれたまま微動だにしない元の肩に手を載せ、諭すように声をかけた。
「分かったろう黒川。あれが【地蔵還り】だ。恐ろしいだろ。おぞましいだろ。よく見知った人間がバケモノになってしまうんだ。それがな、なによりも恐ろしいこと。
【どんぶりさん】には『目的』だけで、そのものに『意思』はないが、【地蔵還り】には『意思』がある。『殺したい』っていう殺意がな。それは見境がない。でもこっちは一方的に相手に対して『情』がある。それがおぞましいこと、意思疎通ができんからな。わかるか?」
「……ああ。わかったよ、船坂。あれは美郷じゃあない……」
切り離されたばかりだというのに氷のように冷たい美郷の腕。
肘から下、指先に向けて徐々に変色している。
これがさっきまで動いていたなどと、とても信じられないような肉の塊。
それに触れ、それを目の当たりにしたからこそ分かる、屍者のみが持つ腐臭めいたもの。
すでにその腕は、美郷だったものであり、美郷ではない。
残酷すぎる現実が、ただ目の前にあった。
-25-につづく
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