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拾得物 2 / ホラー小説

公開日: : ショート連載, ホラーについて

拾得物

 (その1はこちら)

■戦火

 

 

 

私は暗闇の中にいた。

 

 

暗闇の中にいる自覚はないが、無理やり押し開けられた瞼と叫ぶ同級生の声のおかげでこれまで自分が暗闇にいたことを自覚したのだ。

 

 

「えいちゃん! 空襲警報だ! 早く起きい!」

 

 

どたどたと部屋中を駆け回るたくさんの足音。それらの振動が背中に伝わり私は飛び起きた。

 

 

「空襲!? なんでぇ、ここらは安全だって言ってたじゃないか!」

 

 

「そんなことボクが知るわけないだろ! 早く!」

 

 

外は空襲警報が鳴り響き、私はパニックになる20人の同級生と共に外へ出た。

 

 

「みんなー落ち着いて! 裏山の防空壕へ避難するよ!」

 

 

先生が大声で叫びながら、注目を集めようと手を挙げている。

 

 

サイレンと遠くからやってくる爆撃機の轟音で先生の声はかき消されそうだ。

 

 

だけど私たちは生きた心地のしない地獄の夜を必死で生き抜こうとした。

 

 

ブォオーー……ン

 

 

爆撃機が頭上を通ってゆく音。そして少し遅れてドドドという凄まじい爆発音がそこら中に響いた。

 

 

「わああっっ!」

 

 

「みんな早く! 急いで!」

 

 

先生がそういったのと同時に、私の視界を腕や肉片が飛び散るのが横切った。

 

 

「わあ! 元太に爆弾が当たったあ!」

 

 

「焼夷弾だー!」

 

 

「熱いよ、熱いよ、お母さーーん!」

 

 

さっきまで同じ部屋の中で寝ていた同級生たちが次々と死んでいく。

 

 

それも丸焼けになったり、ばらばらになったり……むごい死に方ばかりだ。

 

 

地獄の夜は、一瞬にして地獄の業火で真っ赤になった。

 

 

「先生! 先生――!」

 

 

私たちを扇動していた先生の姿が見当たらない。

 

 

こんなに焼夷弾で燃え盛る炎の明かりで明るいのに。

 

 

「うう、くっそぉ……くそぉ~!」

 

 

泣きながら爆撃機を憎みながら走った。

 

 

だけどすぐになにかに足を取られ、私はさながらヘッドスライディングのように転んでしまった。

 

 

「いてて……わあっ!?」

 

 

擦りむいたひざをさすり、私を転ばせた《それ》を見て思わず腰を抜かした。

 

 

私が足を取られたのはさっきまで前を歩いていたはずの先生だったのだ。

 

 

先生は胸から下がなかった。

 

 

「うう……帰りたい……帰りたいよぉ……!」

 

 

ゴォオ……と轟音がさらにもう一度。爆撃機が再度空爆に訪れたという合図だ。

 

 

「ひぃいい……!」

 

 

気づけば、生きている同級生は誰もいない。

 

 

生きているのは小便を垂らして腰を抜かしている私だけだ。

 

 

「ごふっ!」

 

 

突如胸が苦しくなり、咳き込んだ。

 

 

私の口からは怖くなる量の血が噴き出したのだ。

 

 

「……???」

 

 

わけがわからなくなった私は、自分の体を見回す。

 

 

そしてすぐに血を吐いた理由を知った。

 

 

「腹が……破けて……」

 

 

小便と血がないまぜになった水たまりを見つめながら、私は自分の最後を悟った。

 

 

「腹いっぱいの白米……食いてぇ……」

 

 

それが私の最後の言葉になった。

 

 

 

■夢

 

 

 

ベッドの上で飛び起きた私のシャツは、汗でぐしょぐしょだった。

 

 

「どうしたの? 悪い夢でも見た?」

 

 

隣で眠っている妻が心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

 

 

「あ、ああ……。最悪の夢だった」

 

 

本音だ。

 

 

最悪の悪夢だ。

 

 

私が疎開先の子供で、よりによって死ぬという。

 

 

(なんであんな夢……)

 

 

私はそのように思ったが、心当たりはある。

 

 

「あの……写真か」

 

 

カメラを持ち帰った日、妻にもその写真を見せ相談したが彼女は拾ってくれた人のいたずらだと笑うだけだった。

 

 

もともと楽観主義な彼女のことだから、その態度に不思議はない。

 

 

だがどうも私はあの気味の悪い写真が気にかかっていた。

 

 

おそらく、あの写真のことばかり考えすぎていたのだろう。

 

 

だからあんな夢を見るのだ。

 

 

気味の悪さからそれ以降カメラを触っていなかったが、さっさと消してしまったほうがよさそうだ。

 

 

解決するかはわからないが、いつ目にしてしまうかわからないよりも消してしまったほうがいいにきまっている。

 

 

そう思った私は、仕事から帰ってすぐにあの写真を消そうと決めた。

 

 

 

■消せない写真

 

 

 

家に帰ると、妻の両親が孫の顔を見に来ていた。

 

 

「ああ、どうも。いらっしゃい」

 

 

「おお、元気しとるかい?」

 

 

私は笑って絶好調ですよ、と答えるとジャケットをハンガーにかける。

 

 

テレビ横の棚の上に置いたカメラを手に取り、さっさと写真を消そうとレビューモードを開いた。

 

 

「いっ?!」

 

 

その写真を見て私は思わずカメラを落としてしまった。

 

 

カメラが落ちた音に妻と両親がぎょっとして私を見る。

 

 

「どうしたのよ?!」

 

 

カメラを落としたまま、拾いもせずに固まる私を怪訝に見上げながら妻は落ちたカメラを拾い上げるとのぞき込んだ。

 

 

 

「なに、またこの写真? もう、消しちゃえばいいのに……」

 

 

そういって妻が削除する操作をするが、ピッピッと鳴らしながらしばらくして「あれ? なんで?」と声に出した。

 

 

「なんだお前までなにしてるんだ」

 

 

その様子を見てしびれを切らしたお義父さんが妻の隣にやってくる。

 

 

「ん……なんだこれは。疎開寺か」

 

 

「うん、そうみたいなんだけど……。なんでかわかんないけどこの写真消せないのよね」

 

 

「んーそんなことあるのか? それにしても……なぁ、この寺見たことないか?」

 

 

写真を眺めながらお義父さんは、お義母さんを呼び寄せる。

 

 

「あら、これは○×モールのところにあったお寺さんでしょ」

 

 

「……え」

 

 

お義母さんの言葉に思わず声を漏らした。

 

 

「あら、知らない? ……当然よねぇ。このお寺はね、40年前まで○×モールにあったのよ。戦時中に空爆の被害を受けて半壊しちゃったんだけど、戦後に建て直されてね。私たちが子供のころはここも遊び場所だったのだけれど……。火事で燃えちゃってね、それからずっと空き地だったのよ」

 

 

私の顔はみるみる青ざめてゆく。

 

 

「あ、やっと消えた」

 

 

妻の一言で、お義父さんとお義母さんが小さな歓声をあげた。

 

 

「消えたわよ。これでもう大丈夫よね」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

私はそう答えながらも、一人震えていた。

 

 

私が見たあの写真には、20人の少年と教師が二人写っていたはずだ。

 

 

なのにさっき見た写真には、誰も写っていなかった。

 

 

……寺だけだったのだ。

 

 

お義父さんもお義母さんも寺のことしか話さなかったのはそのためだ。

 

 

妻にも見せたはずだったが、彼女はもともと興味がないようで人が写っていたことすら覚えていなかったらしい。

 

 

『♪』

 

 

その時、私のスマホにメールが届いた。

 

 

『送信者:(表示できません) タイトル:アつイ 本文:(画像の添付があります)』

 

 

 

 

――このメールを開くことができなかった。

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