【連載】めろん。100
・破天荒 32歳 フリーライター㉕
銃弾は二発。奇しくも私と弘原海の分だ。
このスーパーへ入る以上、いつ襲われてもおかしくない。それも……めろん発症者に。
「めろん発症者同士は共食いをしない。それが逆にこの店の均衡を保っていたんですね」
発症者をいくら詰め込んでも共食いをしないのだから減らない。なるほど、弘原海のいうことはもっともだ。だが疑問もある。
「どうやって生きてるの……? 発症者は人肉を食べたら死ぬんだから、長生きはできないはず。それに食物の逆転現象が起こっているから普通の食べ物には興味も示さない」
弘原海ははい、と答えたあと、表情も変えずそれについて説明した。
「えー……なので、発症者は数日で死ぬと思います。普通の人間がいないのですから、彼らが満足することはない。それがこのスーパーにおける異常な静寂の正体です」
「ま、待って。それってこういうことですか……つまり、ここの店員はどんどん減っていくばっかりだから誰もいない?」
「まー……そういう言い方もできますでしょうか」
「呑気にいわないでくださいよっ」
はははー、と弘原海は朗らかに笑った。緊張感がないというか、なんというか……。
夜の闇の中で煌々と光るスーパーの灯り、ガラスドア越しに店内を見るがひと気はない。
「それにしても誰もいないですね」
「えー……当然です。入ったら自分が食材になりかねませんから」
「なに言ってるんですか! ……でも、人がいない割に置いてある商品は傷んでるようには見えませんけど」
むしろ新しい。果物も野菜も新鮮だ。ここから見える範囲は限りがあるが、それでも中に陳列されているものの一部は見える。
「昼間は発症者は隔離されていますからねえ」
「ど、どういうことですか? 夜だけいるってこと?」
「ええー……。夜のスーパーに発症者を閉じ込めておけば夜に出歩く人間はいないでしょう? なにせこの町で店はここだけなんですから。ここを潰されれば家にいるしかなくなる」
「閉めればいいじゃん!」
「まあー……それが、彼らが考える恐ろしいところなんですが」
弘原海曰く、確かに安全面やランニングコストのことを考えれば閉めたほうがてっとり早い。だがこの店は金をとっているわけではないので営利目的ではない。あくまで住民が餓死しないように設けられた施設だ。
夜に閉めず、発症者を配置しているのはいくら警告をしても必ず夜に訪れる人間はいる。禁止しても、ダメだと言われれば言われるほど来てしまうのだ。
娯楽がなさすぎると、何人かにひとりはこうやって無謀なスリルを味わいにくる。
『もしかして捕まらないかも』
こう考えるに至るのは決まって若い世代だ。
「何人食べられましたかねえ……。私もこんなことでもなかったら、夜は絶対に近づかないのですが」
生唾を呑んだ。
弘原海は「だからそういうやつは発症者のエサにもなるしちょうどいいってことなんですよ。食わずに死ぬより、とりあえず食ってから死を待つ方が長生きしますからね。せいぜい長く持って一週間くらいの差ですが」と眉ひとつ動かせずに話した。
いわゆる食物連鎖というやつですね、と弘原海は本気か冗談かわからないことを真顔で言った。
「夜は〝人はいないけど人喰いはいる〟ってことに変わりないってことか……」
眩暈がしてきた。自ら人喰いスーパーに入るなんて、我ながらどうかしている。
「町で発症した人間はここへ送られます。まー……すべてではないですが、人を食べていないのが条件ですが。お腹ペコペコの人たちが食べ物を無視して襲い掛かって来ますが、この中にどれだけの人数がいるのかは入ってみるまでわかりません」
「中に入ったら出られる?」
「出られません」
「どうすんのよじゃあ! 広志がいたとしても逃げられないってことじゃない」
「あー……いいですね、堅苦しい敬語はやめましょう。そのくらい砕けていたほうが私も話しやすい」
「あっ、すみません……つい」
弘原海は口元に指先を当て、「敬語はなしで」と念を押した。
「……じゃあ、入ったら出られない袋小路なら意味なくない」
「えー……安心してください、出られないといってもあくまで〝正面玄関から〟という意味です。バックヤードの奥にある裏口からなら出られます」
「発症者に追いかけられていたら一緒に出ちゃうんじゃ」
「ええ。ですから、逃げ切れる可能性が高いという意味ですね。外に出られればセーフということはないです。今回の緊急メールで指示でもされない限り、ここの住人は夜に外を出歩いたりしません。それに外から家に入れない仕様になっていますし、発症者が出たところで犠牲者はないでしょう。それに放っておけば運営がやってきて処理します」
「逃げることの説明になってないけど」
「あー……そうですか? 発症者の特徴として、強い食欲を見せるのは近親者に対してです。私たちがもし見つかっても『そこに食べ物があったから食べた』くらいの認識で、全力で追いかけるほどの執着はありません。店内をぐるぐる走り回っているくらいならずっと追いかけ回すでしょうが、裏口から外に出てしまえばすぐに諦めてしまうでしょう」
弘原海は訥々と考えを語った。
「……ほんとに?」
「んー……たぶん」
「不安だなあ……」
だが私たちには悩んでいる時間は、ない。
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