【連載】めろん。60
・綾田広志 38歳 刑事⑰
「やあ、来たな。綾田」
ようこそ、と言わんばかりに両手を広げたのは坂口だった。大学でもないのに白衣を羽織っている。
「思ったより遅かったな。タラタラしてると手遅れになるぞ」
「充分手遅れだよ。見ればわかるだろ」
坂口はちらりと理沙を見るとそうだな、と吐き捨てた。
「お前は一体なんだ、両間の差し金じゃないのか」
「心外だな。そんな風に俺を見ていたのかお前は」
施設に足を踏み入れてしばらく進んだところで坂口は待ち構えていた。以前のこともあるし、そんな風にしか見えないのは当然だ。
「じゃあなんだというんだ。なぜここにいる」
「なぜここにいるか? よく言う……俺を置き去りにしたのはお前だ」
「自分で残ると言っただろう。俺は確認したぞ」
「ふん、まあいい。両間伸五郎の差し金かと訊いたな? それは違う」
「違う……だと」
「違うが、まあ中らずと雖も遠からずだ。協力関係ではある」
「馬鹿にしているのか。反応を見て喜んでいるなら通してもらうぞ」
「待て。お前のことは馬鹿だとは思っているが賢い馬鹿だと思っている。それよりも俺が言いたいのは『協力者であっても主従関係にない』ということだ」
褒めているのだろうか。もしもそうだとするなら相当わかりにくいし、馬鹿にされている感覚はぬぐい切れてもいない。
はじめに結論を言えばいいものを勿体ぶるのは、堅物の特徴だろうか。
「どっちでも同じだ。両間とかかわりがあって、ここにいるのならそれ以上でもそれ以下でもない」
坂口にもわかりやすいよう睨みを利かし、敵意を向けてやると一瞬怯んだように腰を引いた。
だがすぐに体勢を戻すと坂口は白衣のポケットに両手を入れ込み、見下すように顎を上げる。
「わからないやつだ。両間伸五郎とは主従関係に無いということは、お前とも協力関係を築ける、と言っているのに」
「は? お前と協力関係だと、悪い冗談だ」
「俺は冗談を言わない。もうひとつ断っておくと両間伸五郎と俺は敵対関係でも友好関係でもない。ただ協力し合っているだけだ」
こいつとまともに会話していても埒が明かない。そう思った俺は警戒を解き溜め息を吐きだした。
「わかったわかった。で、なんなんだ。俺たちになんの用件だ」
「単刀直入に言う。その子供を俺に預けろ」
即座に空気がピリつく。変人を見る目つきで眺めていただけの蛙子と檸檬も坂口の発言に構えた。
「結局それか」
「早まるな。よこせと言っているんじゃない、預けろと言っている」
「細かいニュアンスの話してるんじゃないわよ! 頭おかしいんじゃないの」
たまらず蛙子が口を挟んだ。
「口が悪いな。お前の恋人かね? 女の好みにとやかく言う趣味はないが、もうちょっと慎重に選んだらどうだ」
火に油を注ぐ坂口の発言に蛙子がさらにヒートアップするの抑える。
「こう見えて相性はいいんだ。他人がとやかくいうことじゃない」
「なっ! ひ、広志……」
こうでも言っておくと蛙子は大人しくなる。
「預けるとはなんだ。お前はなにをしようとしている」
「ここまでくれば大体わかるだろう。ワクチンの研究だよ」
「ワクチンだと?」
「メロン。発症した人間を元に戻すワクチンの開発をここで行っている」
「お前、いつから薬学部に転向した」
「なんでも額面通りにとるんじゃない。俺はそっちのほうを研究しているんじゃない。あくまで過程だよ」
坂口は、いくつかセクションが分けられているワクチン開発の中で検体の経過を調査するセクションに属していると言った。
子供の発症例は少なく、成人の発症例と比べてわかっていないことが多い。ワクチン開発というのは便宜上、総括的にそう呼称しているだけで自分のセクションはそのすべてではないと話した。
「それではいそうですか、と渡すとでも思っているのか」
「お前が賢明ならばそうすると思うね」
「賢明なのが犠牲を払うことを言っているならとんだ節穴だ」
やはりこいつは敵か。再度そう切り替えようとした時だった。
坂口はやれやれ、といった様子で頭を振るとついてくるように言い、踵を返した。
「お、おい……」
「取って食ったりしない。見た方が早いだろう?」
そう言ってすたすたと先を行く。蛙子と目を合わせ、安全な距離を保ちつつついていくことにした。
「ここはメロン村。鬼子が巣食う逢魔の集落だった」
「鬼子……? なんの話だ」
「大昔にもメロンの発症が確認されているということだ」
「なんだと」
「ここは国内で最初にメロンの発症が報告された場所。すべての始まりはここにある」
坂口は簡単に鬼子とメロンについて説明した。仕事柄、蛙子は感心深く聞いていたが、俺にしてみればルーツの話などはどうでもよかった。
問題は誰がなんのためにこんなばかでかい施設を建てたのかということだ。
「国が建てたに決まっている」
「馬鹿な、そんな話は……」
「両間伸五郎率いる公安がかかわっているというのにまだバカバカしいというのか」
無言にならざるを得なかった。
それを見透かしたかのように坂口はここが如何に現代において重要な役割をしているのか、早口で説く。いい加減うんざりしかけた頃にようやくひとつのドアの前で立ち止まった。
「この向こう側に、メロンの正体がある」
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